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3/8 マタイ福音書のイエス (第70回)~長期療養中の女性の治癒〜

  • 執筆者の写真: 平岡ジョイフルチャペル
    平岡ジョイフルチャペル
  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

2026年3月8日 主日礼拝

聖書講話     「マタイ福音書のイエス (第70回)~長期療養中の女性の治癒〜」

聖書箇所    マタイ福音書 9章20〜22節   話者 三上  章


      [聖書協会共同訳]  

        ※下線は修正の余地があると思われる部分

20 すると、十二年間も出血が止まらないが近寄って来て、後ろからイエスのの裾に触れた。21 「この方の衣に触れさえすれば治していただける」と思ったからである22 イエスは振り向いて、この女を見て言われた。「娘よ、元気を出しなさい。あなたの信仰があなたを治した。」その時、女は治った。

 以下は原文の解明に基づく三上の語順訳と講解です.


20 Καὶ ἰδοὺ γυνὴ αἱμορροοῦσα δώδεκα ἔτη προσελθοῦσα ὄπισθεν ἥψατο τοῦ κρασπέδου τοῦ ἱματίου αὐτοῦ ·

そして,見よ!ある女性が←失血していた←12年間/近づいて来て←後ろから,触った←裾に←彼(イエス)のヒーマティオンの.


20.1 「そして,見よ!」

20.1.1 「そして」

 アルコーンと共にイエスは,彼(アルコーン)の最期を遂げた娘の横たわるベッドに向かいつつあった.アルコーンとしては,一刻も早く娘のところに行きたい思いであったと推測する.

20.1.2 「見よ!」

 アルコーンの思い通りには,ことは運ばない.それを示す「見よ!」である.かつてわたしの修士論文の提出が間近に迫っていた時である.当時わたしは東京に住んでいた.北海道の美唄市に住む父の臨終も間近に迫っていた.すぐにでも北海道に飛んでいきたかった.しかし,そうすると,修士論文が無効になってしまう.どうすればいいのだろうか?父はわたしを慮ってか,修士論文提出までがんばって生命を保ってくれた.


20.2 「ある女性が←失血していた←12年間」

20.2.1 「ある女性が」

 ユダヤ教徒なのかどうかは不明である.当時,何かと女性は社会的に弱い立場に置かれていた.

20.2.2 「失血していた」

 元の言葉「ハイモルレオー」は,新約聖書ではここにしか出てこない.ヒュポクラテスの『箴言』や『流行病』によると,婦人病.「婦人科系の不調のほとんどは「冷え」から.そして女性の身体の中で一番,化学物質や毒が溜まるのも卵巣と子宮。卵巣と子宮には,多くの栄養が運ばれて集まる構造になっているので毒も溜まりやすい」.ユダヤ教徒の社会では,不浄と見なされていた.

20.2.3 「12年間」

 長期間である.もしそうであるなら,治癒が困難な病気であると共に,この女性にとっても非常に多くの苦痛であったろうと推測される.明るい青春時代ではなかった.結婚からも遠ざけられていたであろう.どれだけ多くのお金を治療のために費やしたであろう.


20.4 「近づいて来て←後ろから,触った←裾に←彼(イエス)のヒーマティオンの」

20.4.1 「近づいて来て←後ろから」

 「後ろから」というのは,謙遜のしるしである.社会的に不浄と見なされていたこの女性は,イエスに面と向かって近づくわけにはいかない.後ろからおずおずと近づいた.

20.4.2 「触った←裾に←彼(イエス)のヒーマティオンの」

 「触った」といっても,イエスのヒーマティオンの裾にである.これも謙遜のしるし.ヒーマティオンの本体に触るなど,とんでもないと思った.アルコーンはイエスに「手を置くこと」を懇願した.この女性はイエスのヒーマティオンに触った.


21 ἔλεγεν γὰρ ἐν ἑαυτῇ · Ἐὰν μόνον ἅψωμαι τοῦ ἱματίου αὐτοῦ σωθήσομαι.

なぜなら,彼女は言っていた←自分自身の中で.「ただわたしが触るならば←彼のヒーマティオンに,わたしは救われるでしょう」


21.1 「なぜなら,彼女は言っていた←自分自身の中で」

 心の中の強い確信を示す.釈迦牟尼は,その生涯を終えるにあたり「法(ダルマ)と自己を島とせよ」と,弟子たちに言った.医学者の山中伸弥さんによると,「病気の治療のために,本人のぜひ直りたいという強い気持ちが重要である」.

21.2 「ただわたしが触るならば←彼のヒーマティオンに」

 自分の立場を弁えつつも,自分から積極的にイエスのヒーマティオンに触れようと意図する.「ただ」(モノン)という言葉には,そういう気持ちがこもっている.福音書記者マタイは,そういうひたむきな信仰を奨励しているのかもしれない.

21.3 「わたしは救われるでしょう」

 第一義的には,長期療養中の病気から救われるということ.同時に,病気の治癒は社会的偏見からの救いも意味する.新たな転機が訪れるかもしれない.


22 ὁ δὲ Ἰησοῦς στραφεὶς καὶ ἰδὼν αὐτὴν εἶπεν · Θάρσει, θύγατερ · ἡ πίστις σου σέσωκέν σε. καὶ ἐσώθη ἡ γυνὴ ἀπὸ τῆς ὥρας ἐκείνης.

イエスは振り向いて,そして見て←彼女を,言った.「確信し続けなさい,娘よ.あなたの信が救いました←あなたを.そして,救われた←その女性は←あの時から」


22.1 「イエスは振り向いて,そして見て←彼女を,言った」

 振り向いたイエスの眼差しを,その温かい眼差しをこの女性は一生忘れることはないだろう.イエスは,この女性から何を聞かずとも,その求めを察知した.


22.2 「確信し続けなさい,娘よ.あなたの信が救いました←あなたを」

22.2.1 「確信し続けなさい」

 定動詞の「タルセオー」は,「勇気を出す」「恐れない」「確信する」などを意味する.ここでは,現在時称なのでこのように訳した.

22.2.2 「娘よ」

 若い女性なのだろう.アルコーンにとって,最期を遂げた娘がいとしいように,イエスにとって,この見ず知らずの女性もいとしい.

22.2.3 「あなたの信が救いました←あなたを」

 「信」と訳した「ピスティス」は,「信頼」「頼もしさ」「正直」「信用」「信仰」「確信」などを意味する.ここでは「信」と訳した.心の中の確信である.同時に,イエスへの信頼である.イエスは頼りがいのある存在であった.信頼は重要である.

『妙法華経』に登場する常不軽菩薩は,出会うすべての人に「わたしはあなたを敬います」と言い続けた.

 宮沢賢治の「雨にも負けず」の手記に記された「でくのぼう」である.他方,昨今では,SNSで悪い人間に騙されない警戒心も必要である.

22.3 「そして,救われた←その女性は←あの時から」

22.3.1 「そして,救われた←その女性は」

 信は治癒・救いをもたらす.

22.3.2 「あの時」

 福音書記者マタイの時点からは,そのような表現になる.マタイは治癒者イエスを信じた.

 
 
 

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