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4/19 第 9 回 ダニエル書を読む〜「七十週の預言」〜

  • 執筆者の写真: 平岡ジョイフルチャペル
    平岡ジョイフルチャペル
  • 4月20日
  • 読了時間: 3分

ダニエル書 9 章「七十週の預言」要旨

                                日高嘉彦



 本章は大きく二つに分かれる。前半(3–20 節)はダニエルの悔い改めの祈り、後半(21

節以降)は天使ガブリエルによる「七十週」の解釈である。

 前半の祈りは、イスラエルの罪を共同体的に告白し、エルサレムの苦難を罪の結果と理

解し、悔い改めによる回復を願うものである。この思想は、歴史が人間の応答によって変

化しうるとする申命記的歴史観に近く、歴史が既に決定されているとする黙示文学の立場

とは緊張関係にある。

 本章のもう一つの特徴は、「いつ終わるのか」という時間への強い関心である。ダニエル

はエレミヤ書に記された「七十年」(エレ 25 章・29 章)を読み、その成就をめぐって思索

する。しかし現実には、捕囚からの帰還後も繁栄は回復せず、困難な状況が続いていた。

このためダニエルは、預言の意味そのものを再解釈する必要に迫られる。ここに本章の成

立背景としてのヘレニズム時代の状況が示唆される。

 後半でガブリエルは、エレミヤの預言を二つの点で読み替える。第一に、「七十年」を

「七十週」(=490)へと単位を変更する。これは 49 年ごとにやってくるヨベルの年(レ

ビ 25 章)に基づく解放の思想と結びつき、過去の出来事ではなく、将来に向かう救済の

時間枠として再解釈される。第二に、起点を変更する。エレミヤが破壊からの回復を語っ

たのに対し、ダニエルではキュロスの帰還命令という「回復の開始」を起点とし、「すでに

始まった回復が完成へ向かう過程」として歴史が理解される。

 この「七十週」はさらに三つの時期(7 週・62 週・1 週)に区分される。最初の 7 週は

帰還と指導者(ゼルバベルまたはヨシュア)の時代、62 週は困難な再建期、最後の 1 週は

悪が頂点に達する時代である。この最後の時期は、前 2 世紀のアンティオコス 4 世による

神殿冒涜と迫害を指し、「油注がれた者の死」(大祭司オニアス 3 世)や祭儀の停止として

具体化される。しかし最終的には神の裁きにより悪は滅び、神殿と礼拝が回復されるとさ

れる。

 本章の神学的中心は、預言の再解釈にある。エレミヤの「七十年」は、そのまま成就し

なかったが、ダニエルはそれを「七十週」と読み替えることで、新たな希望を提示した。

ここから、神の言葉は固定された過去のものではなく、時代ごとに再解釈されることによ

って生きた言葉となる、という理解が導かれる。聖書は初めの言葉と後代の解釈とが重な

り合う「重層的構造」を持ち、その全体が神の言葉として受け取られるべきである。

 最後に、本章は終末の具体的年代計算を目的とするものではないことも示される。歴史

上、七十週を実年代に当てはめようとする試みは繰り返されたが成功していない。むしろ

本章は、苦難の中にある共同体に対し、「すでに始まった救いがやがて完成する」という

希望を語る神学的メッセージとして理解されるべきである。

 
 
 

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