2/15 ダニエル書 8章「雄羊と雄山羊の幻」要約
- 平岡ジョイフルチャペル

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話者 日高嘉彦 北星学園大学チャプレン・教授
ダニエル書8章は後半部の第二の幻であり、前半(8:3–14)に象徴的な幻の描写、後半(8:15–26)に天使ガブリエルによる解釈が置かれている。本章は、先の7章の四獣の幻と同じ歴史的展開を別の象徴で語りつつ、特にエルサレム神殿の冒涜と礼拝回復に焦点を当てている。
幻はバビロン最後の王ベルシャツァルの治世第三年(8:1)、スサの川のほとりという設定で始まる(8:2)。ダニエルが目を上げると、二本の角を持つ雄羊が現れる(8:3)。二本の角のうち後から生えた角の方が高く、雄羊は西・北・南へ突進して勢力を広げ、誰もこれに対抗できない(8:4)。天使の解釈では、この雄羊は「メディアとペルシアの王」であると明示される(8:20)。
続いて西から雄山羊が現れる(8:5)。この雄山羊は地に触れないほどの速さで進み、雄羊に突進してその二本の角を折り、踏みつけて倒す(8:6–7)。この雄山羊は「ギリシアの王」であり、大きな角は最初の王、すなわちアレキサンドロス大王を象徴すると説明される(8:21)。しかしその絶頂のとき大きな角は折れ、その代わりに四つの角が天の四方に生える(8:8)。これはアレキサンドロス死後、帝国が四人の将軍に分裂した歴史を反映すると理解される。
さらにその四つの角の一つから「小さな角」が現れ、南・東、そして「麗しの地」(ユダヤ)へと勢力を伸ばす(8:9)。この王は天の軍勢に挑み、星を地に投げ落として踏みつけ(8:10)、さらに「常の献げ物」(タミード)を廃止し、聖所を荒廃させる(8:11–12)。ここでいう「常」はモーセ律法に基づく朝夕の定期礼拝を指す。
天使の会話では、この礼拝停止と聖所冒涜がいつまで続くかが問われ、「二千三百の夕と朝の間」と答えられる(8:13–14)。これは約1150日、すなわち三年余の期間と理解され、歴史的にはアンティオカス4世による神殿冒涜から回復までの期間と結び付けられることが多い。
後半ではガブリエルが幻を解釈する(8:15–16)。この幻は「終わりの時」に関わるものとされ(8:17,19)、雄羊はメディア・ペルシア(8:20)、雄山羊はギリシア(8:21)と明言される。四つの角は分裂した王国を指し(8:22)、そこから現れる「厚顔で策略に長けた王」(8:23)が、セレウコス朝のアンティオカス4世エピファネスと理解される。
彼は力を増し、「聖なる民」を滅ぼし(8:24)、欺きによって成功し(8:25)、最終的には「君の君たる者」に敵対する。しかし彼は「人の手によらずして」滅ぼされる、すなわち神の裁きを受けるとされる(8:25)。
本章の特徴は、7章が帝国の獣性と聖者の最終的勝利に焦点を当てるのに対し、8章は神殿と礼拝の回復に強い関心を置いている点にある。礼拝の停止は信仰共同体の存続そのものに関わる危機として描かれる。
最後に天使は、この「夕と朝の幻」は真実だが「封印せよ」と命じる(8:26)。これは出来事がまだ遠い未来に属するという文学的設定であり、黙示文学に見られる偽名的記述の特徴とも関連する。過去の人物ダニエルの名を借りることで、迫害下の読者に希望を与えつつ、同時に検閲を避ける役割を果たしたと理解される。
このようにダニエル書8章は、歴史の中で信仰が脅かされる現実を直視しつつも、最終的な神の主権と礼拝の回復への希望を語る黙示文学として位置づけられる。



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