10/25 マタイ福音書のイエス (第95回)~カファルナウムさえ叱責された〜

2026年10月25日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第95回)~カファルナウムさえ叱責された〜」
聖書箇所 マタイ福音書 11章23〜24節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
下線は検討を要すると思われる部分
マタイによる福音書/ 11章 23節カファルナウムよ、お前は天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところで行われた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで残っていたことだろう。24 しかし、言っておく。裁きの日には、お前よりもソドムの地のほうがまだ軽い罰で済む。」
以下は三上の翻訳
23 καὶ σύ, Καφαρναούμ, μὴ ἕως οὐρανοῦ ὑψωθήσῃ; ἕως ᾅδου καταβήσῃ · ὅτι εἰ ἐν Σοδόμοις ἐγενήθησαν αἱ δυνάμεις αἱ γενόμεναι ἐν σοί, ἔμεινεν ἂν μέχρι τῆς σήμερον.
そして,他でもなくあなた,カパルナウームよ,まさか天まであなたは上げられるのではあるまいね?ハデースまであなたは下るであろう.なぜなら,ソドムで生じたなら←諸デュナミスが//←生じたところの←あなたの中で,(ソドムは)残っていたでしょう←今日まで.
23.1 「そして,あなた,カパルナウームよ,まさか天まであなたは上げられるのであるまいね?」
23.1.1 「そして」
前の箇所で,コラジンやベトサイダといったポリスが,イエスに叱責された.イエスの叱責は続く.
23.1.2 「他でもなくあなた,カパルナウームよ」
「シュ」は「あなた」の強調形なので,「他でもなくあなた」と訳した.
23.1.3 「カパルナウームよ」
カペルナウムというポリスは,イエスの宣教活動の拠点であり,いわばイエスの第二の故郷.そのカパルナウームでさえイエスの叱責を受けた.
(1)カパルナウムの位置と遺構



ペトロ,アンデレ,マタイといった弟子たちもこのポリスで選ばれ、数多くの治癒もここで行われた。たとえば,中風にかかった百人隊長のしもべ.熱病で寝ていたペテロのしゅうとめ.汚れた霊に疲れた人.4人の人に運ばれてきた中風の男性の治癒.また,カペナウムの役人の息子の治癒.
駐屯地として栄え,収税所があった.そして税関もあった.このカペルナウムでさえイエスに叱責された.何を叱責されたか?ローマ軍の守備隊の駐屯地であるので,軍人の横暴が避けられない.収税所にありがちの,過重徴税や脱税.ローマ帝国の税制の基本は,簡潔であり,属州民にのみ課される収入の10%に当たる属州税(10分の1税),ローマ市民と属州民双方に課される商品の売買ごとに掛けられる2%の売上税(50分の1税),ローマ市民にのみ課される遺産相続税や解放奴隷税などであった.また,独身税というのもあった.皇帝アウグストゥスは未婚の男女に収入の1%を独身税として課税した. 生涯独身で暮らせば相続権限や選挙権までも奪った.これらの徴税に不正がからみつきやすい.
カペルナウムには税関もあった.遺構が残っている.周辺のガウラニテス(現在のゴラン高原)からとれた豊富な穀物はローマに出荷されたが,それを規制する機関である.税関は,関税の徴収,輸出入貨物の通関,密輸の取締りを行う機関であるが,賄賂による不正が起こりがちである.不正を行うのは,権力者や金持ちである.貧困にあえぐ民衆のことなど,どこ吹く風.イエスはこれを黙認しない.大声で叱責した.
23.1.4 「まさか天まであなたは上げられるのではあるまいね?」
「まさか・・・ではあるまいね?」(メー)は,反語.そうではない,と言っている.
「天まで上げられる」とはどういうことか?カパルナウムは交易の要所として,繁栄していた.金持ちたちは,それを誇りとしていたであろう.それは虚栄にすぎないと,マタイのイエスは言っている.
23.1.5 「ハデースまであなたは下るであろう」
「ハデース」とは死者たちの世界.そこは死者の骨骨が満ちあふれている陰惨な場所.そこがカパルナウムの行く末であると言っている.
23.2「なぜなら,ソドムで生じたなら←諸デュナミスが//←生じたところの←あなたの中で,(ソドムは)残っていたでしょう←今日まで」
23.2.1 「ソドム」

『創世記』19章に記された伝説的な町.ヨルダンの低地にあったが,その性的な不道徳のために天から降る硫黄と火とで焼き滅ぼされたという.ゴモラと組み合わせられて,罪悪と神の処罰の見本としてしばしば引合いに出された.
23.2.2 「諸デュナミス」
イエスの思いやりに満ちた治癒行為をさす.
23.2.3 「(ソドムは)残っていたでしょう←今日まで」
歴史としては,地震のために死海南部の水中に没したとの推定が行われている.悪の権化とされる背徳のポリスであるソドムでさえも,もしイエスの温情に触れて素行を改めたなら,存続の可能性があったと言っている.
24 πλὴν λέγω ὑμῖν ὅτι γῇ Σοδόμων ἀνεκτότερον ἔσται ἐν ἡμέρᾳ κρίσεως ἢ σοί.
プレーン,私は言います.ソドムの地にとって,より耐えられるでしょう←審判の日において//←あなたにとってよりも
24.1 「プレーン」
「アメーン」に等しい.イエスは断言している.
24.2 「ソドムの地にとって,より耐えられるでしょう」
24.2.1 「ソドムの地」
ソドムという都市の全土をさす」
24.2.2 「より耐えられるでしょう」
ソドムも大被害を被ったが,カペルナウムが受ける被害に比べるなら,まだ耐えられると言っている.それに引きかえカペルナウムの被害は耐えられないほど甚大であると言っている.
24.3 「審判の日において」
マタイ福音書のイエスは,災害を「審判」(クリシス)と捉えている.もちろん,すべての災害が神が下す刑罰としての審判ではない.しかし,刑罰としか言えない事例もあったし,あるし,あるのではないだろうか?たとえば,災害における人災.人間の不注意,怠慢,管理不足,設計ミスなどが主因の災害.
具体例を挙げるなら,水俣病.

発生地域ではメチル水銀を含む工業廃水が海や川に流されていた.重化学工業の環境への配慮が欠けた生産活動によって引き起こされた.汚染された海産物を人間が食べることで,手足のしびれ,言語障害などのさまざまな神経系症状を引き起こした.熊本県では,2,265人が水俣病と認められている.しかし,実際には水俣病と認められていなくても,1万5千人以上が水俣病による被害を受けていると考えられている.
水俣病患者には,何の落ち度もない.金もうけを優先する企業が多くの人を不幸のどん底に突き落とした.企業側の責任は甚大である.1979年,熊本地方裁判所は,社長と工場長ら被告人らに対し,禁錮2年執行猶予3年の有罪判決を行った.あまりにも軽すぎる量刑ではないだろうか?賠償金を払えば済む問題ではない.拝金主義の経営陣こそ,神の刑罰としての「審判」を受けなければならない.




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