7/20 ある知者の洞察 (第42回)~人生の終わりがある〜
- 平岡ジョイフルチャペル
- 7月20日
- 読了時間: 7分
2025年7月20日 主日礼拝
聖書講話 「ある知者の洞察 (第42回)~人生の終わりがある〜」
聖書箇所 コヘレトの言葉 7章1〜4節
[聖書協会共同訳]
[下線は改善の余地があると私には思われる部分]
1 名声は良質の香油にまさる。/死ぬ日は生まれる日にまさる。2 弔いの家に行くのは酒宴の家に行くにまさる。/そこには、すべての人間の終わりがある。/生きる者はそれを心に留めよ。3 悩みは笑いにまさる。/顔が曇っても、心は晴れるのだから。4 知恵ある者の心は弔いの家に/愚かな者の心は喜びの家にある。
以下は,ヘブライ語(MT)とギリシャ語訳原文(LXX)の解明に基づく三上の私訳と講解.両者とも,各用語の解明に基づく逐語訳に努めた.

1
טֹ֥וב שֵׁ֖ם מִשֶּׁ֣מֶן טֹ֑וב וְיֹ֣ום הַמָּ֔וֶת מִיֹּ֖ום הִוָּלְדֹֽו׃
よい名前はオリーブ油よりよい.死の日は彼の誕生より(よい).
Ἀγαθὸν ὄνομα ὑπὲρ ἔλαιον ἀγαθὸν καὶ ἡμέρα τοῦ θανάτου ὑπὲρ ἡμέραν γενέσεως αὐτοῦ.
よい名前はオリーブ油に優ってよい.死の日は彼の誕生の日より(よい).
1.1 MT(ヘブライ語聖書)とLXX(七十人訳ギリシア語聖書)との比較
1.1.1 「より」と「優って」
MTは「より」(ミン).LXXは「に優って」(ヒュペル).
1.1.2 MT「彼の誕生」はLXX「彼の誕生の日」.「誕生」と「誕生の日」は,同じことか,それとも違うか?
1.2 「よい名前はオリーブ油に優ってよい」
1.2.1 「よい名前は・・・に優ってよい」
私にとっては,たとえば,ソクラテス.プラトン著『ソクラテスの弁明』や『国家』.それらが示すソクラテスの人物・思想・生涯は何にも優ってよい.

1.2.2 「オリーブ油」(Hb: シェメン;Gk: エライオン)
もちろんオリーブ油も捨てたものではない.

1.2.3 オリーブの価値
オリーブの栽培は,今から7000年程前.古代ギリシャ人の日常生活にとって,必需品であった.食用はもとより,化粧品やマッサージオイル,燃料,石鹸,医薬品,料理として活用された.

1.2.4 オリーブの木はアテナ女神に聖別された樹木
オリーブは,身体としての人間にとってよいものである.ソクラテスは,精神としての人間にとって,何にもましてよい存在である.ソクラテスは,象牙の塔の中の哲学者ではなかった.豪傑の哲学者でもあった.

彼の若き学友アルキビアデスがポテイダイアの戦場で命の危機に瀕した時,ソクラテスは体を張ってアルキビアデスを救った.そのこと一つとっても,ソクラテスという良い名前は,オリーブ油に優ってよい.

1.3 「死の日は彼の誕生の日より(よい)」
この絵画は,フランスの画家ダヴィドの作品『ソクラテスの死』(La Mort de Socrate)である.出典は,プラトン著『パイドン』.パイドンは,ソクラテスの小姓かつ学友.作中の彼は,ソクラテス最後の場面を生き生きと描写している.学友たちが悲嘆にくれる中,ソクラテスは従容として毒杯を仰ぎ,人生に終止符を打った.なぜ死の日は誕生の日よりよいのか?死の日は,ソクラテスはこのように生きたという証だからである.誕生の日はめでたいが,その後の人生については未知であり,価値判断できない.
2
טֹ֞וב לָלֶ֣כֶת אֶל־בֵּֽית־אֵ֗בֶל מִלֶּ֨כֶת֙ אֶל־בֵּ֣ית מִשְׁתֶּ֔ה בַּאֲשֶׁ֕ר ה֖וּא סֹ֣וף כָּל־הָאָדָ֑ם וְהַחַ֖י יִתֵּ֥ן אֶל־לִבֹּֽו׃
よい/行くことは/悲嘆の家の中に//より←行くこと/酒宴の家の中へ.なぜなら/そのことは終焉/あらゆる人間の.そして生きている人は与えるであろう/彼の心に.
ἀγαθὸν πορευθῆναι εἰς οἶκον πένθους ἢ ὅτι πορευθῆναι εἰς οἶκον πότου, καθότι τοῦτο τέλος παντὸς τοῦ ἀνθρώπου, καὶ ὁ ζῶν δώσει εἰς καρδίαν αὐτοῦ.
よい/行くことは/悲嘆の家の中に//より/ということ/行くこと/酒宴の家の中へ.なぜなら/そのことは終焉/あらゆる人間の.そして生きている人は与えるであろう/彼の心の中に.
2.1 MT(ヘブライ語聖書)とLXX(七十人訳ギリシア語聖書)との比較
LXXは,「行くこと」の前に「ということ」(ホティ)が置かれている.おそらく冗語である.それ以外は,両者は一致している.
2.2 「よい/行くことは/悲嘆の家の中に//より←行くこと/酒宴の家の中へ」
2.2.1 「よい/行くことは/悲嘆の家の中に」
日本流にいえば,葬式に参列する.古代ギリシアの葬送はどのようであったか?貴族の場合を例にとると,三つの段階で進められた.
1) 安置(プロテシス)

2) 出棺(エクポラ)

3) 埋葬または火葬

古代から現代に至るまで,葬送は深い意味をもっている.故人を偲ぶ.遺族を慰める.自分も死ぬべき人間であることを再認識し,生き方を正す.
2.2.2 「より←行くこと/酒宴の家の中へ」
「酒宴」は,ヘブライ語では「ミシュテー」,ギリシア語では「ポトス」.いずれも「飲むこと」という意味.古代ローマ時代においても,酒宴は富者たちによって頻繁に開催された.それば,「コンウィウィウム」(convivium, 共に飲むこと;飲み会)と呼ばれた.娯楽の機会ではあるが,享楽と乱痴気に流れがちであった.今も変わらない.



2.3 「なぜなら/そのことは終焉/あらゆる人間の」
2.3.1 「なぜなら」
前節の説明.
2.3.2 「そのことは終焉/あらゆる人間の」
葬式への参列は,人間は死すべき存在であることを痛感させる.無が有となり,有は再び無となる.これ以上明白な真理はない.この流れに逆らうことができる人間はいない.自分も例外ではない.
「死はわれわれにとっては無である。われわれが生きている限り死は存在しない。死が存在する限りわれわれはもはや無い」とはギリシアの哲学者エピクロスの言葉.
2.4 「そして生きている人は与えるであろう/彼の心に」
目的語がないが,補足するとすれば,あらゆる人間の終焉,不可避なる死であろう.
私は,この真理を私の心に深く刻み込まなければならない.
3
טֹ֥וב כַּ֖עַס מִשְּׂחֹ֑ק כִּֽי־בְרֹ֥עַ פָּנִ֖ים יִ֥יטַב לֵֽב׃
よい/悲しみは/笑いより.なぜなら,顔の悲しさの中で/よいであろう/心は.
ἀγαθὸν θυμὸς ὑπὲρ γέλωτα, ὅτι ἐν κακίᾳ προσώπου ἀγαθυνθήσεται καρδία.
よい/悲しみは/笑いより.なぜなら,顔の悲しさの中で/よくされるであろう/心は.
3.1 MT(ヘブライ語聖書)とLXX(七十人訳ギリシア語聖書)との比較
LXXはやや稚拙.述語であるべき「アガトン」(中性・単数・主格)は中性であるのに反して,主語にあたる「テューモス」(男性・単数・主格)の男性とが合わない.これを破格という.しかし,このように訳さないと意味が通じない.
3.2 MT「よいであろう」は,LXXでは「よくされるであろう」と意訳している.
3.3 「/悲しみは/笑いより」
3.3.1 「よい」
「笑い」より「悲しみ」がよい,と言っている.逆説である.
3.3.2 「悲しみ」
ヘブライ語では「カアス」,ギリシア語では「テューモス」.「テューモス」は「気分」を意味するが,ここでは悲しみの気分と解して,「悲しみ」と意訳した.前節の「悲嘆の家」を受けている.
3.3.3 「笑い」
ヘブライ語では「セホーク」,ギリシア語では「ゲローン」.いずれも,ゲラゲラ笑うこと.前節の「酒宴の家」を受けている.

3.3.4 古代ギリシアの演劇には,主に喜劇と悲劇があった.アリストパネスの喜劇『雲』や『女の議会』は,諧謔に富んでいる.しかし,何といってもソポクレスの悲劇『オリデュプス王』ほど人間の心に深く訴える作品はないであろう.この作品は,フロイトの深層心理分析研究に大きな貢献をしている.


3.4 「なぜなら,顔の悲しさの中で/よくされるであろう/心は」
3.4.1 「顔の悲しさ」
悲しみを知る顔.悲しみを見つめる顔.マイナスではない.
3.4.2 「よくされるであろう/心は」
深い悲しみは,英語で「グリーフ」(grief)という.それは,人間の心の深化をもたらす.グリーフは,辛い経験ではあるが,思いやりの心を育む.温かい心を育む.
4
לֵ֤ב חֲכָמִים֙ בְּבֵ֣ית אֵ֔בֶל וְלֵ֥ב כְּסִילִ֖ים בְּבֵ֥ית שִׂמְחָֽה׃
心は←知者たちの/悲嘆の家の中に(ある).そして心は←愚者たちの/歓楽の家の中に(ある).
καρδία σοφῶν ἐν οἴκῳ πένθους, καὶ καρδία ἀφρόνων ἐν οἴκῳ εὐφροσύνης.
心は←知者たちの/悲嘆の家の中に(ある).そして心は←愚者たちの/歓楽の家の中に(ある).
4.1 MT(ヘブライ語聖書)とLXX(七十人訳ギリシア語聖書)との比較
両者は完全に一致している.
4.2 「心は←知者たちの/悲嘆の家の中に(ある)」
4.2.1 「心は←知者たちの」
温かい心の人たちこそは,「知者たち」である.心の冷たい人は知者ではない.
4.2.2 「悲嘆の家の中に(ある」
知者たちの心は,絶えず「悲嘆の家」に向いている.死別の悲しみ,病気の悲しみ,貧困の悲しみ,差別の悲しみの状況は,知者たちの心からけっして離れない.
4.3 「そして心は←愚者たちの/歓楽の家の中に(ある)」
4.3.1 「そして心は←愚者たちの」
愚者たちの心の特徴は,自己中心,慢心,他者への無関心・冷たさ,見下し,
4.3.2 「歓楽の家の中に(ある)」
愚者たちに「歓楽の家」は似つかわしい.たとえば,某テレビ放送局と某タレントの醜聞を思わざるをえない.私はそういったことどもを,自分の反面教師としなければならない.
4.3.3 「よい」の意味〜エピクロスから
「チーズを小壷に入れて送ってくれたまえ.したいと思えば豪遊することもできよう」.エピクロスは言う.「身体の健康と精神の平静さが至福な生の目的である」
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