2023年12月03日 主日礼拝
聖書講話 「マルコ福音書のイエス (第141回)
~泰然自若と無謀と逃亡〜」
聖書箇所 マルコ福音書 14章47〜52節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
47 そばに立っていた者の一人が、剣を抜いて大祭司の僕に打ちかかり、片方の耳を切り落とした。48 そこで、イエスは彼らに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って捕らえに来たのか。49 私は毎日、神殿の境内で一緒にいて教えていたのに、あなたがたは私を捕らえなかった。しかし、これは聖書の言葉が実現するためである。」50 弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった。51 一人の若者が、素肌に亜麻布をまとってイエスに付いて来ていた。人々が捕らえようとすると、 52 亜麻布を捨てて裸で逃げてしまった。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.
47 εἷς δέ τις τῶν παρεστηκότων σπασάμενος τὴν μάχαιραν ἔπαισεν τὸν δοῦλον τοῦ ἀρχιερέως καὶ ἀφεῖλεν αὐτοῦ τὸ ὠτάριον.
一人だれかが←(イエスの)そばに立っていた人たちの中の/その刀剣を抜いて打った←その大祭司のその奴隷を.そして切り離した←彼の片耳を.
47.1 伝承と編集
マルコがこの箇所で使用している伝承は,詳しい.伝承史の観点からは,後代の付加に属すると推測される.それにマルコがかなり編集の手を加えている.
47.2 「一人だれかが←(イエスの)そばに立っていた人たちの中の」
47.2.1 「一人だれか」
一人だけであることが強調されている.「だれか」であるから,名無しの権兵衛.有名な学友ではない.あるいは有名であっても隠匿したい.
47.2.2 「(イエスの)そばに立っていた人たちの中の」」
そばに立っていた人たちは,イエスの学友たちと敵たち.ここは前者であるから「(イエスの)」を補った.
47.3 「その刀剣を抜いて打った←その大祭司のその奴隷を」
47.3.1 「その刀剣を抜いて打った」
「刀剣」(マカイラ)は「闘う」(マカイロー)に由来するギリシャ風武器で,戦闘に用いられる.これを行使できるのは兵士.イエスのがわにそういう人もいた.イエスが制止するまもなく,刀剣を振るった.
46節では,神殿警察がイエスを逮捕・捕縛した.逮捕は完了している.その後に,遅まきながら兵士風の学友が武力を行使した.いかにもドジである.伝承史における後代の付加であろう.
47.3.2 「その大祭司のその奴隷を」
46節の神殿警察の一人がここではこのように呼ばれている.「奴隷」という用語に大祭司に対する反感とそれに仕える人に対する侮蔑が読み取れる.「その奴隷」は定冠詞付き.イエスに手をかけた中心人物ということ.
47.4 「そして切り離した←彼の片耳を」
血気盛んな一人の学友が,その逮捕者の片耳を切り離した.耳は通常「ウース」.ここは「オータリオン」という指小辞.指小辞は「小さいもの」という意味を含む.福音書記者マルコに特有の用法.
48 καὶ ἀποκριθεὶς ὁ Ἰησοῦς εἶπεν αὐτοῖς· Ὡς ἐπὶ λῃστὴν ἐξήλθατε μετὰ μαχαιρῶν καὶ ξύλων συλλαβεῖν με;
そして答えてイエスは言った←彼らに.「あるテロリストに対するようにあなたがたは出てきたのですか?/刀剣やこん棒(の数々を)を持って/私を挙って逮捕するために.
48.1 「そして答えてイエスは言った←彼らに」
耳を切り離した学友と耳を切り離された人物のことはお構いなしに,イエスは神殿警察の一団に文言を発する.文言の内容は文句である.こういう態度は歴史にイエスにそぐわない.マルコによる付加であろう.
48.2 「あるテロリストに対するようにあなたがたは出てきたのですか?/刀剣やこん棒(の数々を)を持って/私を挙って逮捕するために」
48.2.1 「テロリスト(レーステース)・・・刀剣やこん棒(の数々を)を持って」
「レーステース」の意味として,強盗,盗賊,革命家,テロリストが考えられる.大祭司の視点からは,テロリストになる.それゆえ武器を所持する警察団を派遣した.マルコ教会のクリスチャンたちも,パリサイ党的ユダヤ教徒から危険視されていたかもしれない.
48.2.2 「挙って逮捕する」シュルラベオー)
「シュルラベオー」は,前置詞「シュン」と動詞「ラムバノー」の合成動詞.原義は「一緒に捕まえる」.神殿警察は一丸となってイエスを逮捕した.それゆえ「挙って逮捕する」と訳した.
49 καθ’ ἡμέραν ἤμην πρὸς ὑμᾶς ἐν τῷ ἱερῷ διδάσκων καὶ οὐκ ἐκρατήσατέ με· ἀλλ’ ἵνα πληρωθῶσιν αἱ γραφαί.
毎日,私はあなたがたに対面していました←神殿の中で/教えながら.そしてあなたがたは私を逮捕しませんでした.それは実現するためでした←巻き物(の数々)が」
49.1 「毎日,私はあなたがたに対面していました←神殿の中で/教えながら」
49.1.1 「毎日,私はあなたがたに対面していました」
「あなたがた」は,文脈では神殿警察団.しかし,毎日,イエスが対面し,対話をしていたのは神殿警察団ではなく,大祭司たちである.マルコによる編集が露呈している.
49.1.2 「神殿の中で/教えながら」
ヘロデ神殿は,イエスの眼には堕落していた.その神殿の中でイエスは改革を訴えた.大祭司たちは彼を論破しようとしたが,返り討ちにあった.衆目の見守る中で,イエスの言動は合法であることが証明された.
49.2 「そしてあなたがたは私を逮捕しませんでした」
それになのに今になって,突然夜襲とは!そちらこそテロリストだろう.反論と自己の潔白を主張する弁明である.歴史のイエスに似つかわしくない.マルコがそのように描写した.
49.3 「それは実現するためでした←巻き物(の数々が)」
49.3.1 「それは実現するためでした」
後ろ盾に依拠する仕方は,イエスにそぐわない.イエスは自分の責任と権威で自分の言葉を語った.
49.3.2 「巻き物(の数々が)」
これが直訳.旧約聖書を指すようであるが,どの書であるかは不明.マルコも聖書を振りかざすような人ではない.護教的聖書学者の中には,ゼカリア書13章7節が当該箇所だと推測する人もいるが,推測の域を出ない.
Ῥομφαία, ἐξεγέρθητι ἐπὶ τοὺς ποιμένας μου καὶ ἐπʼ ἄνδρα πολίτην μου, λέγει κύριος παντοκράτωρ· πατάξατε τοὺς ποιμένας καὶ ἐκσπάσατε τὰ πρόβατα, καὶ ἐπάξω τὴν χεῖρά μου ἐπὶ τοὺς ποιμένας.
剣よ,起こされよ/私の羊飼いたちの上に.そして私のある男子市民の上に/主,全能者は言う.あなたがたは羊飼いたちを打て.そして羊たちを引き出せ.そして私は私の手をもたらすであろう/羊飼いたちの上に.
50 καὶ ἀφέντες αὐτὸν ἔφυγον πάντες.
そして彼ら(イエスのそばにいた人たち)は,彼(=イエス)を残して逃げた←全員が
50.1 「彼ら(イエスのそばにいた人たち))」
「彼ら」が誰であるかは明記されていないが,文脈から見て,イエスのそばにいた学友たちであろう.
50.2 「残して」(アピエーミ)
「アピエーミ」の原義は,「後に残す」.マルコの意味は「見捨てた」かもしれない.自分ならイエスを見捨てないと言いたい.
50.3 「逃げた←全員が」
50.3.1 「逃げた」
マルコは,自分なら,逃げないと言いたい.
50.3.2 「全員」
その中に刀剣を振るった学友も含まれるのか?普通は逮捕されるのではないだろうか?マルコのイエスは彼の行為について何も言わない.耳を切られた警察に対しても,無言である.
51 Καὶ νεανίσκος τις συνηκολούθει αὐτῷ περιβεβλημένος σινδόνα ἐπὶ γυμνοῦ, καὶ κρατοῦσιν αὐτόν,
そして若者・だれかが,彼(イエス)に密接してついて行った/まとって←亜麻の外套を←肌着の上に.そして彼らは彼を逮捕しようとする.
51.1 「そして若者・だれかが,彼(イエス)に密接してついて行った」
51.1.1 「若者」と訳した「ネアニスコス」は,「ネアニアス」の指小辞.マルコの言語表現の癖である.突然の登場である.イエスのそばにいた学友たちの一人なのか?それとも急にイエスの学友になったのか?とにかく辻褄が合わない.マルコによる創作文であろう.あるいはマルコ以前の伝承である可能性も排除できない
51.1.2 「だれか」
誰であるかは特定されていない.創作であるなら.歴代のキリスト教学者たちが試みた人物特定は(主の兄弟ヤコブあるいはゼベダイの息子ヨハネ),骨折り損のくたびれ儲け.キリスト教護教家は,わからないことについて詮索するのが好きである.
51.1.3 「彼(イエス)に密接してついて行った」
「密接してついて行った」と訳した「シュンアコルーテオー」は,前置詞「シュン」(と一緒に)と動詞「アコルーテオー」の合成動詞.「一緒にあるいは密接してついて行く」という意味.「密接してついて行く」と訳した.若者は.イエスに付かず離れずついて行った.
51.2 「はおって←亜麻の外套を←肌着の上に」
こりゃなんだ!好奇心をそそる格好ではある.
51.2.1 「はおって」(ペリバロー)
「ペリバロー」の原義は「まわりに投げる」.ここは現在完了分詞中動相.「はおる」あるいは「着る」とも訳せる.ここは「はおる」というところだろうか.
52.2.2 「亜麻の外套」(シドーン)
「シドーン」は,「亜麻の布」あるいは「亜麻の外套」とも訳せる.ここは後者ではないかと思われる.
52.2.3 「肌着」
「肌着」と訳した「ギュムノス」は,「一糸まとわぬ裸体」あるいは「裸体をおおう下着または肌着」とも訳せる.後者の場合,若者はその下着または肌着の上に外套をはおった.ユダヤ教徒は全裸を恥とするという視点からすると,ここは後者の意味にとるのが妥当であろう.
52 ὁ δὲ καταλιπὼν τὴν σινδόνα γυμνὸς ἔφυγεν.
しかし彼はその亜麻の外套を後に残して,下着で逃げた.
52.1 類似した話
52.1.1 ヨセフとポティパルの妻
創世記 39章12節 καὶ καταλιπὼν τὰ ἱμάτια αὐτοῦ ἐν ταῖς χερσὶν αὐτῆς ἔφυγεν καὶ ἐξῆλθεν ἔξω.
青年ヨセフは主人ポティパルの淫乱な妻の手を振りきり,外套を彼女の手に残して,家の外に逃げた.
52.1.2 イスラエルに対するヤハウェの審判
アモス書2章16節
ὁ γυμνὸς διώξεται ἐν ἐκείνῃ τῇ ἡμέρᾳ
その無装備の者(ギュムノス)は追跡されるであろう/彼の日において.
ここでは「無装備の者」は,戦闘において武具を身に付けない者という意味.
こういった話がマルコに影響しているかもしれない.
52.2 マルコ教会の新参クリスチャン
マルコ教会の時点では,ユダヤ教共同体側からのキリスト教集団に対する風当たりがいやましに強くなっていた.新参クリスチャンの中には,臆病になる人もいた.福音書記者はそういう人に言いたい.この若者のように無様な姿をさらして逃げてはいけない.イエスを見よ.泰然自若に逮捕され,裁判に向かい,十字架の死に赴いた.
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