6/14 マタイ福音書のイエス (第81回)~殉教者の血は教会の種〜
- 平岡ジョイフルチャペル

- 4 日前
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2026年6月7日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第81回)~殉教者の血は教会の種〜」
聖書箇所 マタイ福音書 10章22〜23節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
22 また、私の名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。23 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げなさい。よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。

22 καὶ ἔσεσθε μισούμενοι ὑπὸ πάντων διὰ τὸ ὄνομά μου · ὁ δὲ ὑπομείνας εἰς τέλος οὗτος σωθήσεται.
そして,あなたがたは憎まれ続けるでしょう←すべての人たちによって←わたしの名前の故に.しかし,その忍耐する人は←完成まで/その人は救われるでしょう.
22.1 「そして,あなたがたは憎まれ続けるでしょう←すべての人たちによって←わたしの名前の故に.」
22.1.1 「あなたがたは」
12使徒たちにイエスは語りかけている.同時に,復活したイエス・キリストがマタイ教会のクリスチャンたちに語りかけている.
22.1.2 「憎まれ続けるでしょう」
マタイ教会の時代のユダヤ教社会において,クリスチャンたちは憎まれ続ける人たちだった.なぜなら,最初のクリスチャンたちはユダヤ教徒でありながら,ナザレのイエスという男が来るべきメシア,すなわちキリストであると言いふらしていたからである.保守的なユダヤ教徒たちにとって,メシア,すなわちキリストは世の終わり,すなわち終末に到来する偉大な審判者であった.ただの人間にすぎないいえすがキリストであると主張することは,保守的なユダヤ教徒の観点からは神に対する冒瀆であった.それゆえ,クリスチャンたちはペストのように憎まれた,リンチされた.「リンチ」は,バージニア州の治安判事 C.W.Lynch の名に由来 .犯罪者や仲間の掟(おきて)を破ったとみなされた者などに対して、正規の法手続きによらないで残酷な刑罰を加えること.ユダヤ教共同体から破門された.クリスチャンたちは,保守的なユダヤ教徒たちから呪われた.
22.1.3 「すべての人たちによって」
クリスチャンたちは,こちらのユダヤ教徒からもあちらのユダヤ教徒からも憎まれ続けるだろうと,イエスは言っている.四面楚歌である.
「四面楚歌」は,中国の歴史書『史記』の「項羽本紀」に出てくる故事が語源.
前漢時代,楚の将軍・項羽が漢の劉邦と戦って敗勢となり,垓下という場所でわずかな兵とともに四方を敵軍に囲まれた。夜になると,周囲の漢軍がわざと楚の民謡を歌わせ,項羽に「自分の故郷までも漢に占領され,味方が皆いなくなってしまったのだ」と思い知らせた.
ここから,もともとは「四方から楚の歌が聞こえる」という字義どおりの場面描写が,「周囲を敵や反対者に囲まれ,味方も頼れない絶望的な孤立状態」という意味の四字熟語として使われるようになった.
「すべての人たち」の中には,悲しいことに,親子・兄弟・夫婦も含まれた.
22.1.4 「わたしの名前の故に」
「私の名前」とは,イエス・キリスト.クリスチャンという英語は,ギリシア語では,「クリースティアノス」.キリストに属する者,キリストの熱狂的信者という意味である.マタイ教会の時代,クリスチャンという名称は,憎しみ・非難・侮蔑の用語であった.
22.2 「しかし,その忍耐する人は←完成まで/その人は救われるでしょう.」
22.2.1 「しかし」(デ)
小さい文字であるが,クリスチャンたちに与える励ましは大きい.
22.2.2 「その忍耐する人は」
「その」(ホ)という定冠詞は,特定の人を示唆する.この言葉を聞いたマタイ教会クリスチャンは,他でもなく自分に言われていると受けとめたであろう.「忍耐する」と訳した「ヒュポメノー」は,たとえば,対面の戦闘において,自分の持ち場を死守するという意味で使われる.一歩も引かないのである.棄教を強制されても,頑ななまでに主イエス・キリストを固守する.それがクリスチャンのクリスチャンたる所以である.
22.2.3 「完成まで」
「完成」と訳した「テロス」は,「完成」が原義.陸上競争の完成は,ゴールインである.人生の旅路の完成は死である.迫害され続けたクリスチャンの人生の完成としての,殉教の死である.ラテン教父のテルトゥリアヌスは,「殉教者の血は、教会の種である」と言った」(Sanguis martyrum, semen christianorum).
出典は,『護教論 Apologeticus』50章13節付近.迫害の中で流された殉教者の血が,かえって新しい信徒と教会の成長を生み出すという意味である.クリスチャンの人生競争は,短距離走であれ中距離走であれ長距離走であれ,たとえ一位にならなくても,走り抜けなければならない.

22.2.4 「その人は救われるでしょう」
「救われる」とはどういう宗教的経験をいうのだろうか?生まれてきてよかったという感謝の気持ち.この人生でよかったという充足感.総じて,幸せな人生であったという幸福感であろう.
23 ὅταν δὲ διώκωσιν ὑμᾶς ἐν τῇ πόλει ταύτῃ, φεύγετε εἰς τὴν ἑτέραν · ἀμὴν γὰρ λέγω ὑμῖν, οὐ μὴ τελέσητε τὰς πόλεις τοῦ Ἰσραὴλ ἕως ἂν ἔλθῃ ὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου.
時はいつでも←彼らが迫害し続ける←あなたがたを←そのポリスの中で,あなたがたは逃げ続けてください←その別のポリスの中へ.アメーン/なぜなら/私は言います←あなたがたに.決してあなたがたは完成しないでしょう/←諸ポリスを←イスラエルの/←時までは←来るであろう←その人間のその息子が.
23.1 「時はいつでも←彼らが迫害し続ける←あなたがたを←そのポリスの中で,あなたがたは逃げ続けてください←その別のポリスの中へ.」
23.1.1 「彼らが迫害し続ける←あなたがたを」
初期キリスト教時代のクリスチャンたちは,迫害され続けることが常態であった.常に逮捕やリンチの危険にさらされていた.「迫害され続ける」と訳した言葉は「ディオーコー」の受動相である.「追跡する」が原義.「迫害され続ける」とは追跡され続けるということである.

1993年の「逃亡者」(The Fugitive)というアメリカ映画を思い出す.ハリソン・フォード主演である.妻殺しの罪を着せられた医師が,アメリカ全土を警察に追われながらも真犯人を見つけ出すというサスペンス映画.主人公の医師は諦めない.その結果,真犯人が見つかり,真理と正義が大いなる進展を遂げた.
23.1.2 「そのポリスの中で」
ポリスに「その」という定冠詞がついている.特定のポリスを指している.現実に存在したポリスにおける,現実の出来事が語られている.たとえば,パウロの第2回宣教旅行.

23.1.3 「あなたがたは逃げ続けてください」
主イエス・キリストへの信仰を固守する者として,逃げ続ける積極的行動である.「逃ぐるも一手」である.ダマスクスにまで逃げたクリスチャンたちがいた.後にパウロと改名する熱心なユダヤ教徒サウロは,彼らを追跡した.その結果が,サウロの回心であった(『使徒行伝』9章1〜9節).

23.2 「アメーン/なぜなら/私は言います←あなたがたに」
時には弱気になったであろうクリスチャンたちに対する,主イエス・キリストの力強い励ましと約束のことばである.
23.3 「決してあなたがたは完成しないでしょう/←諸ポリスを←イスラエルの/」
23.3.1 「決してあなたがたは完成しないでしょう」
反語.「あなたがたは完成する」(テレオー)とイエスは言っている.「テレオー」は,建造中の建物の完成や都市建設の完成について用いられる.サクラダファミリアは,144年にわたる建設の末,完成した.


23.3.2 「諸ポリスを←イスラエルの」
ここでは「諸ポリス」の建設と完成のことを言っている.「イスラエル」は,当時,存在しなかった.古代イスラエル王国の復興を夢見る用語である.世界中のポリスが,キリスト教仕様になることを希求している.パチンコ店やラーメン屋よりも教会の数のほうが多い状態である.

キリスト教ではないが,天理市はそのようなポリスである.人口6万超の市であるが,四人に一人が天理教の信者である.市の中心部に天理教教会本部があり,天理大学があり,天理教関係の店が建ち並ぶ.毎日午後2時にはミュージックサイレンが鳴り渡る.歩いている人は立ち止まり,作業をしている人は手を止めて、同じ方向を向いて約1分間も頭を下げる.みんな,教祖殿のほうを向いて,教祖に礼拝をする.

そういうポリスの建設を初期キリスト教会のクリスチャンたちは目指した.
23.4 「←時までは←来るであろう←その人間のその息子が.」
23.4.1 「来るであろう」
キリスト教都市を統治する国王の到来のことを言っている.善い国王が嘱望されている.
23.4.2 「その人間のその息子」(ホ・ヒュイオス トゥー・アントゥロープー)
これが「ホ・ヒュイオス トゥー・アントゥロープー」の逐語訳.謎めいた言葉である.嘱望される善い国王は,なぜ「その人間のその息子」と呼ばれるのだろうか?私の考えでは,クリスチャンの理想国においては,一人一人のクリスチャンが善い国王であると同時に,善い国民である.



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