5/17 ある知者の洞察(第48回)~受け流す知恵〜
- 平岡ジョイフルチャペル

- 5月17日
- 読了時間: 6分
2026年5月17日 主日礼拝
聖書講話 「ある知者の洞察(第48回)~受け流す知恵〜」
聖書箇所 コヘレトの言葉 7章21〜23節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
[下線は改善の余地があると私には思われる部分]
21 人が語る言葉にいちいち心を留めるな。/そうすれば、あなたの僕の呪いの言葉に/耳を貸すこともない。22 あなた自身が何度も他人を呪ったことを/心は知っているはずだ。23 これらすべてを知恵によって吟味し/私は「知恵ある者になろう」と口にした。/だが、遠く及ばなかった。
以下は,ヘブライ語(MT)とギリシャ語訳原文(LXX)の解明に基づく三上の私訳と講解.両者とも,各用語の解明に基づく逐語訳に努めた.MTを主とし,LXXと比較しながら講話を進める.

21
גַּ֤ם לְכָל־הַדְּבָרִים֙ אֲשֶׁ֣ר יְדַבֵּ֔רוּ אַל־תִּתֵּ֖ן לִבֶּ֑ךָ אֲשֶׁ֥ר לֹֽא־תִשְׁמַ֥ע אֶֽת־עַבְדְּךָ֖ מְקַלְלֶֽךָ׃
また,すべての言葉に←彼らが語るであろう//←あなたは置くな←あなたの心を//ために←あなたが聞かないであろう←あなたのある奴隷を←あなたを呪っている.
καί γε εἰς πάντας τοὺς λόγους, οὓς λαλήσουσιν, μὴ θῇς καρδίαν σου,
ὅπως μὴ ἀκούσῃς τοῦ δούλου σου καταρωμένου σε,
また,すべての言葉に←彼らが語るであろう//←あなたは置くな←あなたの心を//ために←あなたが聞かないであろう←あなたの奴隷を←あなたを呪っている.
21.1 MTとLXXとの比較
ほぼ完全に一致している.MTは「ある奴隷」だが,LXXは「その奴隷」
21.2 「また,すべての言葉に←彼らが語るであろう//←あなたは置くな←あなたの心を」
21.2.1 「また,すべての言葉に←彼らが語るであろう」
私たちに聴覚があり,まわりの関係者が語るいろいろな言葉が聞こえてくる.世の中に関する言葉かもしれないし,あなたに大いに関係する言葉かもしれない.後者の場合,称賛の言葉かもしれないし,批判の言葉かもしれない.それらを聞いて,私たちは一喜一憂する.特に,批判や非難の言葉は聞き捨てならない.オーストラリア留学時代に,お世話になったある指導教官が言った「アキラは単なる努力家だ」という言葉を知った時,わたしはとてもがっかりした覚えがある.
21.2.2 「//←あなたは置くな←あなたの心を」
しかし,いつまでもクヨクヨしているわけにはいかない.聞こえてくるすべての言葉にいちいち耳を貸していると,頭が変になるかもしれない.「あなたの心を置くな」とは,外から聞こえてくる否定的な言葉にあなたの心を引きずられないように,という警告であろう.批判は批判としてちゃんと受け止めるが,そのあとは聞き流すということである.つまり,受け流すのである.しかしこれが難しい.訓練や修業を必要とする.
21.3 「//ために←あなたが聞かないであろう←あなたのある奴隷を←あなたを呪っている」
21.3.1 「ために」(アシェル)
受け流すことには目的がある.受け流した結果を指すと取ることもできる.
21.3.2 「あなたが聞かないであろう」
ガミガミ妻のクサンティッペに対して平然と対応したソクラテス伝説を思い出そう.

21.3.3 「あなたのある奴隷を←あなたを呪っている」
MTの「ある奴隷」を採用する.奴隷を所有している主人は,たまさま奴隷から呪われることがあったであろう.「呪う」(定動詞は「カーラル」)とあるから,単に悪く言われる程度ではなく,恨みのこもった罵詈雑言を発せられるということであろう.悪い主人なら,体罰やそれ以上の方法で報復するであろう.反省することしきりという善い主人は,あまりいないであろう.その奴隷を聞き流す,さらには受け流すのは至難の業である.ここにソクラテス的哲学人生の効用がある.
22
כִּ֛י גַּם־פְּעָמִ֥ים רַבֹּ֖ות יָדַ֣ע לִבֶּ֑ךָ אֲשֶׁ֥ר גַּם־אַתָּ֖* קִלַּ֥לְתָּ אֲחֵרִֽים׃
なぜなら,また諸々の機会を,数多く知った←あなたの心は//←ところの←あなたも呪った←他の人たちを.
ὅτι πλειστάκις πονηρεύσεταί σε καὶ καθόδους πολλὰς κακώσει καρδίαν σου, ὅπως καί γε σὺ κατηράσω ἑτέρους.
なぜなら,非常にしばしば(あなたの奴隷は)邪悪に振る舞うであろう←あなたに対して.そして繰り返しによって←多くの/悪を行うであろう→あなたの心に//←のために/←じつにあなた自身が呪うであろう→他の人たちを.
22.1 MTとLXXとの比較
両者はかなり異なる.MTは自己反省へのうながしである.LXXは奴隷の悪態を述べており,翻訳というよりも解釈である.MTを採用することにする.
22.2 「なぜなら,また諸々の機会を,数多く知った←あなたの心は」
22.2.1 「なぜなら」
奴隷から発せられた呪いの言葉を,主人が聞き流さなければならない理由がある.
22.2.2 「また諸々の機会を,数多く知った←あなたの心は」
コヘレトは主人に問う.あなたはどうなのか?あなたは清廉潔白なのか?奴隷の言葉に根を持つ資格があるのか?過去にあなたが語った言葉は良い言葉だけなのか?あの時どうしてああいう言葉を発したのか?どうしてもっと愛のある言葉を語ることができなかったのか?反省しきる数多い機会を思い出すのではないか?「あなたの心」とコヘレトは言っている.あなた自身の心の吟味をもとめている.
22.3 「←ところの←あなたも呪った←他の人たちを」
多の人たちを呪った言葉.激しく叱った言葉.バカにした言葉.わたしも,芋づる式に思い出す.
23
כָּל־זֹ֖ה נִסִּ֣יתִי בַֽחָכְמָ֑ה אָמַ֣רְתִּי אֶחְכָּ֔מָה וְהִ֖יא רְחוֹקָ֥ה מִמֶּֽנִּי׃
すべてこういったことをわたしは試みた←知恵によって.わたしは言った.「わたしは知者になりろう」.そしてそれ(知恵)はわたしから遠かった.
Πάντα ταῦτα ἐπείρασα ἐν τῇ σοφίᾳ· εἶπα Σοφισθήσομαι, καὶ αὐτὴ ἐμακρύνθη ἀπʼ ἐμοῦ
すべてこういったことをわたしは試みた←知恵によって.そしてわたしは言った.「わたしは知者になろう」.そしてそれ(知恵)はわたしから遠かった.
23.1 MTとLXXとの比較
完全に一致している.
23.2 「すべてこういったことをわたしは試みた←知恵によって」
コヘレトは受け流すことを試みた.これまで培ってきた知恵によって.古代ギリシアのストア派哲学が「不動の心」(アパテイア)を追求したように.エピクロス派哲学が「心の平静」(アタラクシア)を求めたように.

江戸時代中期の臨済宗の禅僧白隠は,どれほど悪口をいわれても,「そうですか?」と受け流したという.コヘレトは彼の哲学によって受け流しという難題に挑んだ.
23.3 「そしてわたしは言った.「わたしは知者になろう」」
コヘレトは,若い頃,意気盛んに,意欲し意図した.「わたしは知者になろう」.この意欲・意図は崇高である.問題は,はたして実現可能であるかということである.コヘレトがどういう哲学的修養を実践したかは不明である.しかし,プラトンが創設した学校アカデメイアのカリキュラム程度のことは,学習したのではないかと思われる.彼はユダヤ教だけではなく,間違いなくギリシア哲学も学習した.アカデメイアのカリキュラムは,数学から始まり,幾何学,立体幾何学,天文学,宇宙学(ハルモニア)へと進んでいく.仕上げに,哲学的問答法がある.すぐれた教師との一問一答の対話である.それだけではない,さらにポリスのための実務経験が求められる.これだけ学習・実践するならば,目指す知恵は獲得できるのか?
23.4 「そしてそれ(知恵)はわたしから遠かった」
「それ」は代名詞の女性形.女性名詞である知恵(ホフマー)を指す.ギリシア語ではソピアである.究極の偉大な知恵は,未だ遙か彼方にあった.コヘレトが培った知恵は,究極の知恵に比べてあまりにも小さかった.これがコヘレトの残念ながら実感であった.しかし,彼はくじけない.これからも本当の知恵の頂をめざして登り続ける.



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