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3/22 マタイ福音書のイエス (第71回)~アルコーンの娘の蘇生

  • 執筆者の写真: 平岡ジョイフルチャペル
    平岡ジョイフルチャペル
  • 4 日前
  • 読了時間: 6分

2026年3月22日 主日礼拝

聖書講話     「マタイ福音書のイエス (第71回)~アルコーンの娘の蘇生〜」

聖書箇所    マタイ福音書 9章23〜26節   話者 三上  章


      [聖書協会共同訳]  

        ※下線は修正の余地があると思われる部分

23 それからイエスは、指導者の家に着き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を見て、24 言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスを嘲笑った。25 群衆を外に出すと、イエスは中に入り、少女のお取りになった。すると、少女は起き上がった。26 このその地方一帯に広まった。

 以下は原文の解明に基づく三上の語順訳と講解です.


23 καὶ ἐλθὼν ὁ Ἰησοῦς εἰς τὴν οἰκίαν τοῦ ἄρχοντος καὶ ἰδὼν τοὺς αὐλητὰς καὶ τὸν ὄχλον θορυβούμενον

そして行った後←イエスが⇦そのアルコーンの家の中に/そして見た後←笛吹男たちとその群衆を←わめいている,


23.1 「そして行った後←イエスが⇦そのアルコーンの家の中に」

23.1.1 イエスは救急車さながら現場に直行したのではない.途中に,長期間療養中の女性の治癒という渋滞があった.それはそれで必要な渋滞であった.この女性にとっても,アルコーンのあの最期を遂げたという娘にとっても.常識としては,イエスは現場に早く到着すればするほどよい.しかし,到着まで長引いた.有益な長引きである.福音書記者マタイの観点からは,それはイエスの偉大さを高揚するための伏線であったとも言える.

23.1.2 「そのアルコーンの家の中に」

 「アルコーン」とは「最高指導者」「頭(かしら)」という意味である.シナゴーゲーの長老なのか,地域共同体の頭であるのかは不明である.とにかく高い地位の人である.しかし,こと娘の緊急事態となると,高い地位は役に立たない.彼はひたすらイエスに頼みを置いた.


23.2 「そして見た後←笛吹男たちと群衆を←わめいている」

23.2.1 「そして見た後」

 イエスの眼に飛び込んできたのは,当時の葬式の一情景.

23.2.2 「笛吹男たちと群衆」

 古代ギリシャ時代より,笛は悲しみを表現する楽器.「アウロス」という.笛吹男は「アウレーテース」で,葬儀に欠かせない職業.複数が雇われているから,そのアルコーンは金持ちである.しかし,最期を遂げた少女には,今やお金も役に立たない.

23.2.3 「群衆を←わめいている」

 「群衆」はただの群衆ではなく,葬儀に関わるプロたち.多ければ多いほど,壮大な葬式となる.壮大な葬式も,少女の蘇生には役に立たない.「わめいている」とあるが,この葬式プロは,葬式における泣きわめきを仕事とする人たちであった.どんなに泣きわめいたとして,少女はどうにもならない.


24 ἔλεγεν · Ἀναχωρεῖτε, οὐ γὰρ ἀπέθανεν τὸ κοράσιον ἀλλὰ καθεύδει · καὶ κατεγέλων αὐτοῦ.

彼(イエス)は言った.「あなたがたはお帰りなさい.なぜなら,死にませんでした←その少女は/そうではなく,眠っています」.そして彼らは彼(イエス)をあざ笑った.


24.1 「彼(イエス)は言った」

 イエスは,葬儀雇われ人たちに言った.

24.2 「あなたがたはお帰りなさい」

 出て行ってください,ということ.葬儀雇われ人たちは,狐につままれた気持ちになったことだろう.来てくださいと注文を受けたから,来たのに,「お帰りください」とは何事か?立腹した人たちもいたであろう.

24.3 「なぜなら,死にませんでした←その少女は」

23.3.1 「なぜなら,死にませんでした」

 物語りの事実としては,そうなのかもしれない.気絶していた.あるいは,息も絶え絶えだった.しかし,死者の復活の教説を信奉するクリスチャンであるマタイの観点からは,死んだ.

23.3.2 「その少女は」(ト・コラシオン)

 「コラシオン」の「イオン」は愛称.「かわいい少女」という意味合い.


23.4 「そうではなく,眠っています」

 物語りの事実としては,そうであったかもしれない.しかし,福音書記者マタイの観点からは,「眠っています」は「死んでいます」の婉曲表現.目を覚ますこと,すなわち蘇生することを前提としている.

23.5 「そして彼らは彼(イエス)をあざ笑った」

 葬儀雇われ人たちは,本気で悲しんでいたわけではない.悲しむ演技をしていた.彼らの目的は,賃金であった.「あざ笑った」という表現には,奇想天外のことを言う奴だという気持ちと,自分たちを追い出そうとしているけしからん奴だという気持ちが,入り交じっている.


25 ὅτε δὲ ἐξεβλήθη ὁ ὄχλος, εἰσελθὼν ἐκράτησεν τῆς χειρὸς αὐτῆς, καὶ ἠγέρθη τὸ κοράσιον.

追い出された時←その群衆が,彼は中に入った後,握った←彼女の片手を/そして起こされた←その少女は.


25.1 「追い出された時←その群衆が」

 葬式プロたちとしては,追い出されたという気持ち.笛吹男たちも追い出されたのか?おそらくそうだろう.

25.2 「彼は中に入った後」

 少女が横たえられている部屋の中に入った.他の誰かも同伴したかは,書かれていないからわからない.伝承は,あるいはマタイは,イエスとその少女の一対一のこととしておきたかったかもしれない.二人だけにスポットライトが当てられている.

25.3 「握った←彼女の片手を」

 アルコーンは「手を置く」ことを懇願していたが,イエスは少女の手を強く握った.「クラテオー」は,「強い」「力強い」が原義である.「片手」と訳したのは,単数形だからである.少女へのイエスの深い慈しみが,伝わってくる.

25.4 「そして起こされた←その少女は」

 これが原文の逐語訳である.その少女は,自分の力によってではなく,イエスの力強い腕によって起こされた.物語りの事実としては,眠っていた少女が目を覚まされ,起き上がらせられた.マタイの観点からは,少女は蘇生した.救い主イエス・キリストは,死の力を打ち負かす神的存在である.マタイは死者の復活の教説を信奉している.

 死者の復活という教説だが,ある時,劇作家の矢代静一氏は,友人のカトリック信者である親友の遠藤周作に,「復活を信じなければクリスチャンになれないのか?」と質問した.遠藤は,「なれる」と答えた.矢代は聖イグナチオ教会でカトリックに入信した.

 父親であるアルコーンの反応については,何も書かれていない.少女についても子細は書かれていない.福音書記者マタイの関心は,イエスは単なる人間ではなく神にもまごう神通力をそなえた存在であるという一点に集中している.


26 καὶ ἐξῆλθεν ἡ φήμη αὕτη εἰς ὅλην τὴν γῆν ἐκείνην.

そして,出て行った←彼女についての報道は⇦あの地全体に.


26.1 「そして,出て行った←彼女についての報道は⇦あの地に」

26.1.1 「そして,出て行った」

 ラジオもテレビもない時代であったから,口頭で伝わっていった.「出て行った」とは変な表現であるが,出来事を伝える人たちが,出て行き広めたということだろう.

26.1.2 「彼女についての報道は」

 「報道」と訳した「ペーメー」は,「報道」が原義.出来事のれっきとした報道である.SNSより真実かもしれない.

26.1.3 「あの地全体」

 文脈に整合性があると仮定するなら,カペルナウムとその周辺の地域であろう.イエスの本拠地である.キリスト教の源流はどこかというななば,ガリラヤ地方のこのあたりということになる.この地域から,イエスの評判は各地に拡大していった.ガリラヤ地方の首都ティベリアスでもない.壮大なギリシア都市セッポリスでもない.漁民の町カパルナウムからである.現在のイスラエル北部の地域とヨルダンの一部である.











 
 
 

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