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3/1 マタイ福音書のイエス (第69回)~ある指導者の娘の死〜

  • 執筆者の写真: 平岡ジョイフルチャペル
    平岡ジョイフルチャペル
  • 3月1日
  • 読了時間: 4分

2026年3月1日 主日礼拝

聖書講話     「マタイ福音書のイエス (第69回)~ある指導者の娘の死〜」

聖書箇所    マタイ福音書 9章18〜19節   話者 三上  章


      [聖書協会共同訳]  

        ※下線は修正の余地があると思われる部分

18 イエスがこれらのことを話しておられると、一人の指導者が来て、ひれ伏して言った。「私の娘がたった今死にました。でも、お出でになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」 19 そこで、イエスは立ち上がり、彼に付いて行かれた。弟子たちも一緒だった


 以下は原文の解明に基づく三上の語順訳と講解です.


18 Ταῦτα αὐτοῦ λαλοῦντος αὐτοῖς ἰδοὺ ἄρχων εἷς ἐλθὼν προσεκύνει αὐτῷ λέγων ὅτι Ἡ θυγάτηρ μου ἄρτι ἐτελεύτησεν · ἀλλὰ ἐλθὼν ἐπίθες τὴν χεῖρά σου ἐπ’ αὐτήν, καὶ ζήσεται.

そういったことどもを彼が彼らに話していた時,見よ!長老(アルコーン)が一人でやって来てイエスに拝礼する.曰く.「わたしの娘が今し方最期を遂げました.しかし,お出でになり,置いてください←あなたの片手を←彼女の上に.そして彼女は生きるでしょう.」


18.1 「そういったことどもを彼が彼らに話していた時」

 「そういったことども」とは,縮絨されていない布切れや新鮮なワインの話.イエスの宗教にはユダヤ教にない力強さがあるという話である.それは何によって分かるか?何によって証明されるか?言葉だけではなく行動が明示される必要がある.

18.2 「見よ!長老(アルコーン)が一人でやって来てイエスに拝礼する.曰く.」

18.2.1 「見よ」

 注意を喚起する表現.

18.2.2 「長老(アルコーン)」

 「長老」と一応訳したが,ユダヤ教の長老とはかぎらない.ポリスや町村の長かもしれない.いずれにしても,社会的地位のある人.

18.2.3 「一人でやって来て」

 「一人で」ということは,自分から出向いて行く謙虚さ,他者に依存しない独立独歩,出来事を自分自身の問題として受け止める主体性を意味する.社会的地位は役に立たない.

8.2.4 「イエスに拝礼する」

 「拝礼する」と訳した「プロスキュネオー」は,本来,神々や神像に対する敬意・服従の姿勢を意味する.アルコーンは,イエスという男に人並み以上の偉大さを覚えていた.あるいは,福音書記者マタイは,アルコーンの口を借りて,救済者イエス・キリストに対する信仰を表明している,という言い方をすることができるかもしれない.

 そしてその拝礼は,必死の懇願であった.


18.3 「わたしの娘が今し方最期を遂げました」

18.3.1 「わたしの娘」

 他でもなく自分自身の子どものことである.

18.3.2 「今し方」(アルティ)のことである.

18.3.3 「最後を遂げました」

 「テレウタオー」は,本来そういう意味.アルコーンの自分の子どもが死んだ.それを「最後を遂げました」と婉曲に言っている.わたしは親を亡くした経験はあるが,子どもを亡くした経験はない.わたしは,大学の芸術学部に入学したばかりの息子を亡くした母親を知っている.息子さんは徹夜で絵画を仕上げようとしていたが,朝になると心臓が停止していた.母親の号泣を今も忘れることができない.

 このアルコーンは,死に行く我が子を看取ったのではないだろうか.


18.4 「しかし,お出でになり,置いてください←あなたの片手を←彼女の上に.そして彼女は生きるでしょう」

18.4.1 「しかし」(アルラ)

 アルコーンは子どもの死を受け入れることができない.

18.4.2 「お出でになり」

 子どもが横たわる彼の家に,必死にイエスを連れて行こうとする.

18.4.3 「置いてください←あなたの片手を←彼女の上に」

 イエスに子どもに対する処置方法を指示しているようにも見えるが,そうではなく,誰かから,イエスが,」そのような方法で,死んだ人を生き返らせた話を聞いていたのであろう.

18.4.4 「そして彼女は生きるでしょう」

 「生きるでしょう」(ゼーセタイ)という未来時称は,もしかしたらとか,仮にというようなあやふやな期待ではない.確実に生き返るでしょうという信頼の表明である.


19 καὶ ἐγερθεὶς ὁ Ἰησοῦς ἠκολούθει αὐτῷ καὶ οἱ μαθηταὶ αὐτοῦ.

そして起き上がり←イエスは,彼に付いて行った.そして彼の学友たちは.


19.1 「そして起き上がり←イエスは」

 イエスは掟破りの人たちと食事に臥せっていた.そこから起き上がった.いざ急用という時には,イエスは臨機応変に対応した.

19.2 「彼に付いて行った」

 イエスはアルコーンと共に,彼の家に歩を進めた.遠隔操作で死んだ子どもに何かをするのではない.悲しむアルコーンに同伴して,現場へと歩みを進める.

19.3 「そして彼の学友たちは」

 イエスの学友たちも追随した.彼らはたいていの場合,チームワークよろしく,イエスと一緒に行動した.おかげでイエスの威光を目撃することができた.如浄に追随した道元を,道元に追随した懐奘を思い出す.わたしも及ばずながらイエスに追随していきたい.



 
 
 

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