へブライの詩の特徴についてお話ししてきました。今回はアルファベットの歌をご紹介します。
アルファベットの歌(acrostic)
「アルファベットの歌」とは、各節の最初の単語の文字をヘブライ語のアルファベットの順に使い、詩行を完成させる非常に技巧的な詩です。これを日本語に置き換えて「あいうえお」の文字を順番に使って詩を作ることを想像するだけでも、その難しさがわかるでしょう。また、単に文字を使うだけでなく、詩が一つの思想としての一体感や流れを持つ必要があります。このような技巧的な詩を作る理由は、作った人の技量を示すことや、その詩を記憶しやすくすることです。さすがにこれを日本語に翻訳するのは難しですが、新共同訳や協会共同訳では、詩の冒頭に「アルファベットによる詩」という註が付いています。
聖書全体ではアルファベットの歌は全部で14編あり、そのうち詩篇には8編あります。例えば詩篇9-10、25、34編などです。その他に箴言、哀歌、ナホム書にもアルファベットの歌があります。
ヘブライ語のアルファベットは22文字あるため、アルファベット詩は22節で構成されます。ただし、詩篇111編と112編は全22文字を使っていますが10節しかありません。これは1節ごとに2文字を使っているためです。一方、詩篇119編は各文字を8回ずつ使っているため176節となり、詩篇の中で最も長い詩となります。このようにアルファベットの歌には22文字をフルに使った詩もありますが、文字のいくつかが欠落している詩もあります。例えば詩篇25編は3文字、145編は1文字が欠けています。欠けている理由について、西洋の研究者は口伝や写本の過程で誤って落ちてしまったと考えていますが、ユダヤ人の研究者は詩人が意図的に抜いたと考えています。
「哀歌」の場合、5章からなる短い本ですが、1-4章は完全なアルファベットの歌で構成されています。特に3章は文字を3回使って66節となっています。「哀歌」はバビロンによるエルサレム神殿の破壊され、住民の虐殺を嘆く歌ですが、技巧的に難しいアルファベットの歌を駆使して描かれています。それによって悲しみをどこか抑えた、ひいた視点から描くのですが、最後の5章ではあえてアルファベットの歌を使わない嘆きの歌とすることで、悲しみの感情を爆発させるという巧みな構成になっています。
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