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  • 執筆者の写真平岡ジョイフルチャペル

8/20 マルコ福音書のイエス (第131回)〜高価な香油を注がれた男

2023年8月20日 主日礼拝

聖書講話  「マルコ福音書のイエス (第131回)〜高価な香油を注がれた男」

聖書箇所   マルコ福音書 14章3-5節   話者 三上 章

[聖書協会共同訳]

3 イエスがベタニアで、規定の病を患っているシモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人のが、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、その壺を壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた

4 すると、ある人々が憤慨して互いに言った。「何のために香油をこんなに無駄にするのか。

5 この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた

 [下線は改善の余地があると私には思われる部分である]


 以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.


3 Καὶ ὄντος αὐτοῦ ἐν Βηθανίᾳ ἐν τῇ οἰκίᾳ Σίμωνος τοῦ λεπροῦ, κατακειμένου αὐτοῦ ἦλθεν γυνὴ ἔχουσα ἀλάβαστρον μύρου νάρδου πιστικῆς πολυτελοῦς, συντρίψασα τὴν ἀλάβαστρον κατέχεεν αὐτοῦ τῆς κεφαλῆς.

そして彼(イエス)がいた時←ベタニアに/シモン・レプロスの家に,横になって(食事をして)いた時←彼(イエス)が,来た←ある女性が/持参して←アラバストロン壺を/ナルドス香油の←信頼できる,非常に高価な,割った後←アラバストロス壺を,注いだ/彼(イエス)の頭に.


3.1 「そして彼(イエス)がいた時←ベタニアに/シモン・レプロスの家に」

 マルコ福音書物語の流れとしては,それまでオリーブ山にいたイエスと学友たちは,その山腹に位置するるベタニアに移動した.エルサレムに約3.2km以内の町.


3.2 「家に←シモン・レプロスの」

 イエスの一行が滞在したのは,「シモン・レプロス」の家.「シモン」が実名で,「レプロス」はあだ名.「レプロス」は「レプラの男性」という意味.「レプラ」はハンセン病.かつて「癩病」と呼ばれた.レプロスの人は,現在レプラに罹患している男性ともとれるし,かつてそうであったともとれる.おそらく後者.そうでなければ,人々を泊める公然たる行為をすることができなかったであろう.もしかしたらイエスによる治癒の恩恵に与った人なのかもしれない.とにかく彼はイエスの一行の滞在を引き受けた.イエスと親密であったことが示唆される.


3.3 「横になって(食事をして)いた時←彼(イエス)が」

 「横になっていた」(カタケイマイ)は,当時の食事をする時の姿勢を示す.人々は「クリネー」と呼ばれる寝椅子に横になって,食事をした.書かれてはいないが,相当のご馳走が供されたと推測してよいだろう.何せイエスの一行をお迎えしたのだから.


3.4 「来た←ある女性が/持参して←アラバストロス壺を/ナルドス香油の←信頼できる,非常に高価な,割った後←そのアラバストロス壺を」

3.4.1 「来た←ある女性が←持参して」

 女性も晩餐会に参加した.すぐ後の記述が示唆するように,この人は資産家であった.イエスの活動は,そしてマルコ教団の活動は,こういう女性たちの貢献に負うところが大きかった.彼女はイエスへの贈り物を持参した.


3.4.2 「←アラバストロス壺を/ナルド香油の←信頼できる,非常に高価な」

 「アラバストロス」は,今日のアラバスターとはかぎらない.美しく高価なものであったであろうことは,想像に難くない.アラバストロス壺の中には,香油が満載されていた.ナルドスという品目である.「信頼できる」と訳した「ピスティコス」の原義は,二つ考えられる.一つは「液体の」.もう一つは「信頼できる」.どちらかといえば,後者であろう.ピスティコス自体に「純粋な」という意味があるわけではない.「信頼できる」が「混ぜ物がない」「純粋な」という類推を生んだ.原典の一字一句の解明は,簡単ではない.

3.4.3 「割った後←そのアラバストロス壺を」

 「そのアラバストロス壺を」という繰り返しに注目.「それを」と言えばすむところを,同語反復したということは,強調.他でもなく高価なアラバストロスの壺を,という意味合い.「割った」と訳した「シュントリボー」の原義は,「割る」「粉砕する」.それゆえ「割った」としか訳しようがない.「開栓部だけを割った」という解釈もあるが,根拠となる用例がない.解釈というよりこじつけである.「割った」からには,壺に何も残っていない.女性は残すところなく,惜しみなく非常に高価なナルドス香油を全部イエスにささげた.


3.5 「注いだ/彼(イエス)の頭に」

 預言者サムエルによるダビデの塗油式を連想させる.サムエル記 16章12〜13節

12 καὶ ἀπέστειλεν καὶ εἰσήγαγεν αὐτόν· καὶ οὗτος πυρράκης μετὰ κάλλους ὀφθαλμῶν καὶ ἀγαθὸς ὁράσει κυρίῳ· καὶ εἶπεν κύριος πρὸς Σαμουηλ Ἀνάστα καὶ χρῖσον τὸν Δαυιδ, ὅτι οὗτος ἀγαθός ἐστιν. 13 καὶ ἔλαβεν Σαμουηλ τὸ κέρας τοῦ ἐλαίου καὶ ἔχρισεν αὐτὸν ἐν μέσῳ τῶν ἀδελφῶν αὐτοῦ, καὶ ἐφήλατο πνεῦμα κυρίου ἐπὶ Δαυιδ ἀπὸ τῆς ἡμέρας ἐκείνης καὶ ἐπάνω. καὶ ἀνέστη Σαμουηλ καὶ ἀπῆλθεν εἰς Αρμαθαιμ.


LXXはMTとほぼ一致している.聖書協会共同訳を拝借する.

12 エッサイは人をやって、彼(ダビデ)を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。彼がその人である。」 13 サムエルは油の入った角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。この日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。サムエルは立ってラマに帰った。


 かたやイエスを犯罪容疑者と見なした宗教貴族階級.こなたイエスを麗しい王と見なした女性.彼女には本物を見極める心眼がそなわっていた.シモン・レプロスも同様.


4 ἦσαν δέ τινες ἀγανακτοῦντες πρὸς ἑαυτούς· εἰς τί ἡ ἀπώλεια αὕτη τοῦ μύρου γέγονεν;

ある人たちは苛立っていた←自分に対して.「何のためにこの損失←が生じたのか?


4.1 「ある人たちは苛立っていた←自分に対して」

4.1.1 「ある人たち」

 晩餐会に出席していた全員が,女性の行為の真意を認識したわけではない.「ある人たち」というから,大勢ではなく数人.その人たちは,真意を見損なった.

4.1.2 「苛立っていた←自分に対して」

 「苛立っていた」(アガナクテオー)の原義は,「氷に触れた時に"冷たい"と感覚する」.そこから「激しい不快感を覚える」「激しいイライラを覚える」が派生.「自分自身に対して」とは,女性の行為によって心に激しいイライラを引き起こされたということであろう.


4.2 「何のためにこの損失←が生じたのか?」

4.2.1 「何のために」

 この人たちは,金銭的損得の観点から女性の行為を判断した.彼らの眼差しは,女性の眼差しと違うところに向いている.

4.2.2 「この損失←が生じたのか」

 「損失」と訳した「アポーレイア」の原義は,「破壊」.そこから「損失」が派生.二重の意味が込められているかもしれない.香油壺の破壊と金銭的損失.


5 ἠδύνατο γὰρ τοῦτο τὸ μύρον πραθῆναι ἐπάνω δηναρίων τριακοσίων καὶ δοθῆναι τοῖς πτωχοῖς· καὶ ἐνεβριμῶντο αὐτῇ.

なぜなら,できた/この香油は売られることが/300デナリウス以上で,そして(その代価は)与えられることが(できた)←極貧の人たちに」.そして彼らは彼女に激高していた.


5.1 「なぜなら,できた/この香油は売られることが/300デナリウス以上で」

5.1.1 「なぜなら」

 彼らの苛立ちの理由説明.

5.1.2 「この香油は売られることが」

 彼らにとってこの香油は売買できるもの.商品.女性にとってそれは贈り物.彼女の心.イエスだけにささげる贈り物.

5.1.3 「300デナリウス以上で」

 勤労者の300日分の賃金とされる.


5.2 「(その代価は)与えられることが(できた)←極貧のひとたちに」

5.2.1 寄付は,過越祭の重要な一部であった.この数人は守銭奴ではない.極貧の人たちへのも思いやりがあった.ユダヤ教の掟に従って考え,判断した.しかし,この度は規範倫理は通用しない.イエスの死が目前に迫っている.イエスに何をしてあげることができるかを,よくよく考えるべき時である.たとえば,今日は待ちに待った花火大会の日.花火が高価だからといって,打ち上げるべきでないのか?

5.2.2 ついでながらデナリウス銀貨


5.3 「彼らは彼女に激高していた」

 「激高していた」と訳した「エンブリマオマイ」の原義は,「馬がブルブルと鼻を鳴らす」.鳴き方はいくつかの型式がある.ビルルルーという甲高い鳴き方.子馬が母馬を探す時や呼ぶ時に出す声.ブブブっと短い鳴き方.名前を呼んだ時に,この鳴き方で返事をしてくれる時がある.ブヒヒヒーンという鳴き方.所謂いななき.群れの仲間とのコミュニケーションを取る時に出したりする.ヒィーン!ヒュン!など甲高い鳴き方.けんかで相手を威嚇するとき,何かを拒否するときなど警告的な意味で鳴くいななき.ここでは最後の型式であろう.

 数人は心の中で女性に激高していた.まさか楽しかるべき晩餐会の場において,イエスの面前で,女性を「厳しくとがめる」ことはしないであろう.福音書記者マルコは心のあり方を問題としている.イエスよりも宗教の掟を優先する掟主義か,それとも死に行くイエスへの熱い思いなのか.


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