8/2 シリーズ「旧約聖書との対話」第2回 受け継がれてきた神の言葉―正典の始まりとユダヤの民
- 平岡ジョイフルチャペル

- 8月2日
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シリーズ「旧約聖書との対話」
第2回 受け継がれてきた神の言葉―正典の始まりとユダヤの民
北星学園大学チャプレン・教授 日髙嘉彦
シリーズ「旧約聖書との対話」の第2回では、「正典」という切り口から旧約聖書について考えます。
キリスト教は、限られた数の書物を神の啓示と信じ、教義や信仰、生活の基準としてきました。このような書物を「正典」、キャノンといいます。キャノンの語源は、物差しに用いられた葦に由来し、「基準」「尺度」を意味します。数が限定された「正典」は、ありがたい書物一般を指す「聖典」とは異なります。
ユダヤ人は聖書を「ミクラー」、正式には「タナッハ」と呼びます。タナッハは、トーラー、ネビーム、ケトビームの三部から成っています。トーラーは創世記から申命記までの五書であり、「律法」だけでなく物語や系図も含むため、今日では「教え、指示」を意味するトーラーと呼ばれます。ネビームは「預言者たち」という意味で、歴史書に当たる「前の預言者」と、いわゆる預言書である「後の預言者」に分かれます。ケトビームは「書かれたもの」を意味し、ヨブ記、詩編、箴言、祭りで読まれる五つの巻物、さらにダニエル書、エズラ・ネヘミヤ記、歴代誌などを含みます。
タナッハは24巻、プロテスタントの旧約聖書は39巻ですが、数え方が違うだけで内容は同じです。ただし配列は異なり、キリスト教の旧約聖書では預言書を最後に置きます。またユダヤ教では、ヘブライ語本文だけが正典であり、翻訳は正典とはされません。
かつては、紀元前5世紀にエズラがトーラーを正典とし、紀元前200年頃までにネビームが加わり、紀元90年頃のヤムニヤ会議でケトビームが決定されたと説明されていました。しかし今日では、このような明確な区分は歴史資料と合わず、タナッハは長い時間をかけて人々に受け入れられ、3世紀頃に現在の形へ落ち着いたと考えられています。
エズラについての根拠とされたのが、ネヘミヤ記8章以下の律法朗読の記事です。捕囚から帰還したユダヤ人社会では、貧富の差が拡大し、共同体が崩壊寸前にありました。そこでエズラは、トーラーによって共同体を立て直そうとしました。民は水の門に集まり、エズラにモーセの律法の書を読むよう求めました。エズラが朗読し、レビ人が解き明かすと、人々は自らの生き方がトーラーから外れていたことに気づき、悔い改め、トーラーに従うことを誓いました。ここではトーラーが祭司や貴族だけのものではなく、身分や職業を超えた人々の信仰と生活の指針となりました。
しかし、この記事の主体はエズラではなく民です。民が律法の書を求め、聞こうと願ったのであり(ネへ8:1)、エズラはその手引きをしたにすぎません。その後、トーラーは百年以上にわたって朗読され、解釈され、生活の中で実践されることによって、次第に正典としての地位を確立しました。ユダヤ人会堂が成立したのもエズラより二、三百年後であり、エズラが正典を決定したのではなく、その出来事が一つの契機となったのです。
ヤムニヤについても、ケトビームを決定する正式な正典会議が開かれた記録はありません。その後も書物をめぐる議論は続き、3世紀頃に収束しました。タナッハは指導者の会議によってではなく、人々が礼拝や祈りや賛美の中で繰り返し読み、引用し、愛し、受け入れることによって形成されました。
正典は完成した形で天から与えられたのではありません。ユダヤの民が長い歴史の中で書物を読み、解釈し、そこから時代を生きる知恵と力を得る中で、神の言葉として受け継がれてきました。ただし、共同体が書物を選んだだけではありません。神の言葉もまた共同体を問い直し、悔い改めへ導き、支え、形づくってきたのです。
私たちにとっても、聖書を正典として受け継ぐとは、過去の言葉を保存することではありません。聖書に問いかけ、耳を傾け、時には格闘しながら対話を続け、自分自身と時代を見つめ直すことです。読まれず、問われることもない書物は、生きた正典とはなりません。聖書が生きた神の言葉となるかどうかは、私たちがその言葉にどのように向かい合い、読み、聞き、受け止めるかにかかっているのです。



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