2024年7月28日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第8回)
~〈ヨセフへの夢知らせ〉を吟味する〜」
聖書箇所 マタイ福音書2章13〜15節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
13 博士たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、幼子とその母を連れて、エジプトへ逃げ、私が告げるまで、そこにいなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 14 ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ退き、15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「私は、エジプトから私の子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われたことが実現するためであった。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.
13 Ἀναχωρησάντων δὲ αὐτῶν ἰδοὺ ἄγγελος κυρίου φαίνεται κατ’ ὄναρ ⸃ τῷ Ἰωσὴφ λέγων · Ἐγερθεὶς παράλαβε τὸ παιδίον καὶ τὴν μητέρα αὐτοῦ καὶ φεῦγε εἰς Αἴγυπτον, καὶ ἴσθι ἐκεῖ ἕως ἂν εἴπω σοι · μέλλει γὰρ Ἡρῴδης ζητεῖν τὸ παιδίον τοῦ ἀπολέσαι αὐτό.
撤退した後←彼ら(マゴスたち)が,見よ!主の使者が現れる←夢で←イオーセープに.曰く.「起きて側に取りなさい←その子どもとそれの母を.そして逃げなさい←アイギュプトスに.そしてそこに居なさい←私があなたに告げるまで.なぜならしようといる←ヘーローデースは←その子どもを探すことを←それを殺すために.
13.1 「撤退した後←彼ら(マゴスたち)が」
13.1.1 「撤退した」
定動詞形は「アナコーレオー」.危険から避難するという意味合いで用いられることもある.14節の「撤退した」も同じ動詞である.王としてのイエスに豪華な贈り物を捧げた東方のマゴスたちは,今や,舞台から退出する.福音書記者マタイの立ち位置からは,東方諸都市の知者たちも,恭順の姿勢でキリスト教を受け容れた.胸がすく思いであったかもしれない.初期キリスト教が広がったのは,西方にだけではなく東方にもであった.ここで,イエスやパウロの時代の地政学的版図を瞥見しておこう.
13.1.2 パルティア/アルサケス朝パルティア
前247年〜 後224年 まで,イラン系遊牧民がセレウコス朝シリアから自立し,イラン高原に建国した国家.シルクロード交易を通じて中国では安息国として知られていた.長期にわたりローマと対抗し,しばしばその侵攻を撃退したが,次第に国力が衰え,226年,農耕系イラン人のササン朝に滅ぼされた.
福音書記者マタイの時代に,東方のどこまでキリスト教が伝えられたかは不明である.しかし,チグリス・ユーフラテス川上流のアディアベネ (Adiabene)とオスロエネ (Osrhoene, 今日のイラク)地域のアラム語を話す人々の間には,ディアスポラのユダヤ人共同体を基礎として,非常に早い時期から宣教が行われたことが知られている.
13.1.3 ローマ帝国の版図
13.2 「見よ!」
聴衆・読者の注意を喚起する間投詞.
13.3 「主の使者が現れる←夢で←イオーセープに」
13.3.1 「主の使者が現れる」
「主」(キュリオス)に冠詞がついていない.「ヤハウェ」という意味か,それとも「主イエス・キリスト」という意味か.マタイ教会の観点からは,おそらく後者.
13.3.2 「現れる」
「パイノー」の現在時称受動相.燦然と現れるという含蓄がある.はっきりと鮮やかに現れる.現在時称は臨場感を示す.
13.3.3 「夢で」
特別の夢である.信じるに値する確かな夢である,「主」からの紛れもない夢知らせである,とマタイは言いたい.
13.3.4 「イオーセープに」
これで2回目.1章20節を参照.ヨセフのように正しい人であったからこそ,与えられた夢知らせである.
13.4 「起きて側に取りなさい←その子どもとそれの母を」
13.4.1 「起きて側に取りなさい」
「プロスラムバノー」は,自分の側にしっかり取るという含蓄.腕にしっかり抱く.誰がとろうとしても,絶対に離さない.
13.4.2 「その子どもとそれの母を」
王子たるその子どもと王妃たるそれの母親の勇猛果敢な護衛兵,それがヨセフ.マタイ教会の立場からは,ヨセフとはクリスチャン.クリスチャンは,イエスとマリアを守護する護衛兵である.
13.5 「そして逃げなさい←アイギュプトスに」
13.5.1 「逃げなさい」
いわば退陣.屈辱かもしれないが,これも一種の戦法.逃げると見せかけて,やがては巻き返しを図る.知恵と勇気を要する.
13.5.2 「アイギュプトスに」
エジプトのどこであるかは明示されていない.マタイはあまりエジプトの地理に詳しくないかもしれない.
13.6 「そこに居なさい←私があなたに告げるまで」
滞留期間は,「主」(キュリオス)が決めることであった.キュリオスへの絶対的信頼と忍耐を要する.
13.7 「なぜならしようとしている←ヘーローデースは←その子どもを探すことを←それを殺すために」
13.7.1 「なぜならしようとしている←ヘーローデースは」
主はその使いをとおして,ヨセフに退避行の理由を告げる.非常に綿密な夢知らせである.ただの夢知らせではない所以である.こういう夢知らせを信じるのか,それとも迷信として斥けるのか?私は信じる側に与する.
13.7.2 「その子どもを探すことを←それを殺すために」
王位継承者を盾とする,権力闘争は歴史の中で繰り返される.常套手段は,闘争する相手が擁する王位継承者候補,すなわち子どもを殺すことである.ヘロデ王の場合,結局,遺言により,王位継承者を最年長息子アルケラオスとし,アンティパスをガリラヤとペレヤの領主,フィリッポスをトラコニティスなど北東部の領主に指名した.
14 ὁ δὲ ἐγερθεὶς παρέλαβε τὸ παιδίον καὶ τὴν μητέρα αὐτοῦ νυκτὸς καὶ ἀνεχώρησεν εἰς Αἴγυπτον,
彼は起きて側に取った←その子どもとそれの母親を←夜中に.そして撤退した←アイギュプトスに.
14.1 「彼は起きて側に取った←その子どもとそれの母親を←夜中に」
14.1.1 「彼は起きて側に取った←その子どもとそれの母親を」
ヨセフは夢知らせのとおりに実行した.
14.1.2 「夜中に」
実行は直ちに行われた.見張りと追っ手の目を免れるためであろう.
14.2 「撤退した←アイギュプトスに」
14.2.1 エジプトのどこか?想像をたくましくすることを許していただきたい.イエスの時代において,エジプトはローマ帝国の支配下にあった.しかし,そこは古代文明の伝統を受け継ぐ地域.メンフィスやアレクサンドリアなどの古代都市が林立していた.ヨセフがエジプトのどこに避難したかは不明である.
14.2.2 アレクサンドリアあたりが妥当かもしれない.それは世界初の百万都市.西暦紀元1世紀において,世界最大のディアスポラのユダヤ人を擁していた.ユダヤ人の人口は数万に及び,フィロンは,全エジプトのユダヤ人は少なくとも100万と推定している.
15 καὶ ἦν ἐκεῖ ἕως τῆς τελευτῆς Ἡρῴδου · ἵνα πληρωθῇ τὸ ῥηθὲν ὑπὸ κυρίου διὰ τοῦ προφήτου λέγοντος · Ἐξ Αἰγύπτου ἐκάλεσα τὸν υἱόν μου.
そして彼はそこに居た←ヘーローデースの死去まで.ためである←実現する←告げられたことが←主によって←その預言者をとおして.「アイギュプトスから私は召還した←私の息子を」
15.1 「彼はそこに居た←ヘーローデースの死去まで」
ヘロデの死去は西暦紀元4年と言われている.心労や病気で苦しんでいたが,70歳の高齢まで生きたと言われているが,不確かである.したがって,ヨセフがエジプトに滞在した期間も不明である.仮にイエスがアレクサンドリアのような都市に7〜8歳まで住んでいたと想像するなら,ユダヤ教やギリシャの教養を身に付けたと想像することができる.
15.2 「ためである←実現する←告げられたことが←主によって←その預言者をとおして」
15.2.1 「ためである←実現する」
ユダヤ教聖典の預言者を後ろ盾として,ものをいうのが福音書記者マタイの特徴である.直解主義や原理主義のに共通する姿勢である.
15.2.2 「告げられたことが←主によって←その預言者をとおして」
「定型引用」と言う.主が預言者に言葉を与え,その言葉を預言者は人々に伝えるという形式.主は直接に人々に言葉を与えない,という差別的な態度である.私は,主が直接に私たちに言葉を与えることが,あってもいいと考える.
15.3 「アイギュプトスから私は召還した←私の息子を」
ホセア書 11章1節の引用.ここはヘブライ語原文のほうが,七十人訳よりも合致している.新約聖書は概して七十人訳から引用するが,マタイ教会にはヘブライ語に長けた人たちもいたようである.13節と14節の「子ども」(パイディオン)は,ここでは「息子」(ヒュイオス).マタイとしては,その子どもは神の息子であると言いたい.
「召還した」の定型は「カレオー」.ここでは,やむなく宮殿外での生活をよぎなくされていた王子が,晴れて宮殿内に召還されたという意味合いがあるかもしれない.
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