2024年5月12日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス(第1回)
~〈イエス・キリストの系図〉の意味〜」
聖書箇所 マルコ福音書1章1〜17節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。2 アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブをもうけ、ヤコブはユダとその兄弟たちをもうけ、3 ユダはタマルによってペレツとゼラをもうけ、ペレツはヘツロンをもうけ、ヘツロンはアラムをもうけ、4: アラムはアミナダブをもうけ、アミナダブはナフションをもうけ、ナフションはサルモンをもうけ、5 サルモンはラハブによってボアズをもうけ、ボアズはルツによってオベドをもうけ、オベドはエッサイをもうけ、 6 エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、7: ソロモンはレハブアムをもうけ、レハブアムはアビヤをもうけ、アビヤはアサをもうけ、8 アサはヨシャファトをもうけ、ヨシャファトはヨラムをもうけ、ヨラムはウジヤをもうけ、9 ウジヤはヨタムをもうけ、ヨタムはアハズをもうけ、アハズはヒゼキヤをもうけ、10 ヒゼキヤはマナセをもうけ、マナセはアモスをもうけ、アモスはヨシヤをもうけ、11 ヨシヤは、バビロンへ移住させられた頃、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。12 バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルをもうけ、13: ゼルバベルはアビウドをもうけ、アビウドはエリアキムをもうけ、エリアキムはアゾルをもうけ、14 アゾルはサドクをもうけ、サドクはアキムをもうけ、アキムはエリウドをもうけ、15 エリウドはエレアザルをもうけ、エレアザルはマタンをもうけ、マタンはヤコブをもうけ、16 ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。17 こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロン移住からキリストまで十四代である。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.
1 Βίβλος γενέσεως Ἰησοῦ χριστοῦ υἱοῦ Δαυὶδ υἱοῦ Ἀβραάμ.
巻き物←起源の←イエースース・クリストスの/ダウイドの子孫の←アブラアムの子孫の
1.1 「巻き物←起源の←イエス・キリストの」
1.1.2 「巻き物」
「ビブロス」または「ビュブロス」.エジプト産パピュロス製巻き物が原義.当時の書物は巻き物形式.
1.1.2 「起源」
「ゲネシス」はそういう意味
1.1.3 「イエースース・クリストスの」
人名はギリシャ語を音写する.福音書記者マタイとその団体のクリスチャンたちにとって,イエス・キリストは最高の崇敬の対象であった.それゆえ,生まれ素性は極めて重要である.しかるに,最初に作成されたマルコ福音書は,「イエス・キリストという福音の始原」という文言から始まるにせよ,その「始原」(アルケー)は大人のイエスの時点から語られる.イエスの生育についても,誕生以前の系譜についても,何も語られていない.マルコ福音書では十分ではない.イエス・キリストほど偉いお方は,然るべき生まれであり,その証拠となる起源・系譜をもっていなければならない,とマタイは考える.それが,イエス・キリストに関する起源の書がマタイ福音書の冒頭に関せられた理由であり,動機である.この起源の書が,マタイの創作によるものか,それともすでに流布していたものによるのかは,決めることはできない.私は,後者に傾く.
1.1.4 「ダウイドの子孫の←アブラアムの子孫の」
「子孫」は「ヒュイオス」.「こども」が原義.ここでは「子孫」という意味.ダウイドは伝説上,古代イスラエル王国を代表する国王.彼がイエス・キリストの先祖だという.さらに起源は,アブラハムにまで遡る.ユダヤ教聖典の『創世記』に登場する,イスラエル民族の大先祖である.彼の直系に連なるのがイエス・キリストである,とマタイは言いたい.因に,アブラハムもダウイドも物語上の人物.実在ではない.
2 Ἀβραὰμ ἐγέννησεν τὸν Ἰσαάκ, Ἰσαὰκ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰακώβ, Ἰακὼβ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰούδαν καὶ τοὺς ἀδελφοὺς αὐτοῦ,
アブラアムはもうけた←イサアクを.イサアクはもうけた←イアコーブを.イアコーブはもうけた←イウーダスと彼の兄弟たちを.
2.1 「もうけた」
「ゲンナオー」は「父親が子をもうける」という意味.英訳は'beget'.
2.2 「イアコーブ」
アブラハムの孫に当たる.創世記によると,人生の途中,イスラエルと改名される.この名前に因んで,彼の子孫が形成した民族はそう呼ばれる.
3 Ἰούδας δὲ ἐγέννησεν τὸν Φαρὲς καὶ τὸν Ζάρα ἐκ τῆς Θαμάρ, Φαρὲς δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἑσρώμ, Ἑσρὼμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀράμ,
イウーダスはもうけた←パレスとザラを←タマルによって.パレスはもうけた←エスロームを.エスロームはもうけた←アラムを.
3.1 「タマル」
最初の夫にも二番目の夫にも先立たれ,長い間寡婦の生活を送っていたが,やがてイウーダスの寵愛を得て,パレスとザラの双子の母親となった.イエス・キリストの先祖には,こういう敬虔な女性もいた,とマタイは言いたい.
4 Ἀρὰμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀμιναδάβ, Ἀμιναδὰβ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ναασσών, Ναασσὼν δὲ ἐγέννησεν τὸν Σαλμών,
アラムはもうけた←アミナダブを.アミナダブはもうけた←ナアアッソーンを.ナアアッソーンはもうけた←サルモーンを.
5 Σαλμὼν δὲ ἐγέννησεν τὸν Βόες ἐκ τῆς Ῥαχάβ, Βόες ⸃ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωβὴδ ἐκ τῆς Ῥούθ, Ἰωβὴδ ⸃ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰεσσαί,
サルモーンはもうけた←ボエスを←ラカブによって.ボエスはもうけた←イオーベードを←ルートゥによって.イオーベードはもうけた←イエッサイを.
5.1 ラカブ
創世記の次ぎに位置する出エジプト記の伝説によると,イスラエル人は,その後,エジプトで繁栄したが,それを脅威と見たエジプト王は,彼らを奴隷階級に落とし,抑圧した.その抑圧に耐えきれなくなったイスラエル人をエジプトから救出したのが,モーセという指導者である.彼はイスラエル人を「約束の地」と称するパレスティナの直近の場所まで導いたが,侵入の前に死去した.
そのモーセの後継者がヨシュア.彼は本格的に侵入する前に,彼の地の状況を探るため,二人の偵察をその地の中心都市エリコに派遣した.この話も伝説.この二人が逮捕されそうになった時,当地のある女性が彼らをかくまった.彼女がラカブ.ラカブの誠意のおかげで,パレスティナへの侵入は成功し,結果,イスラエル人は「約束の地」に定住することに成功した,というイスラエル寄りの伝説.イエス・キリストの先祖には,タマルだけではなく,ラカブという誠意ある女性もいた,とマタイは言いたい.
5.2 ルートゥ
言わずとしれたルツ記の主人公で,モアブ人.モアブの地でイスラエル人と結婚し,そこに姑ナオミと共に居住していたが,夫に先立たれた.姑が生まれ故郷のユダヤ地方のベツレヘムに戻ることになった時,ルツは姑から地元に残ることを勧められたが,それをせず,あえて姑に従ってベツレヘムに移住した.やがて彼女は,その地で敬虔なイスラエル人ボアズと出会い,結婚し,子孫を残した.イスラエル人の観点からは,ルツは信仰の鏡である.
6 Ἰεσσαὶ δὲ ἐγέννησεν τὸν Δαυὶδ τὸν βασιλέα. Δαυὶδ δὲ ἐγέννησεν τὸν Σολομῶνα ἐκ τῆς τοῦ Οὐρίου,
イエッサイはもうけた←ダウイド王を.ダウイドはもうけた←ソロモーンを←ウーリオスの女性によって.
6.1 「イエッサイ」
彼はルツの孫であり,ダウイド王の父親となった.
6.2 「ウーリオスの女」
サムエル記下によると,ダウイドは部下のウーリオスの妻を強奪した.人聞きが悪いから,妻ではなく「女」としている.
7 Σολομὼν δὲ ἐγέννησεν τὸν Ῥοβοάμ, Ῥοβοὰμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀβιά, Ἀβιὰ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀσάφ,
ソロモーンはもうけた←ロボアムを.ロボアムはもうけた←アビアを.アビアはもうけた←アサプを.
8 Ἀσὰφ ⸃ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωσαφάτ, Ἰωσαφὰτ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωράμ, Ἰωρὰμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ὀζίαν,
アサプはもうけた←イオーサパトを.イオーサパトはもうけた←イオーラムを.イオーラムはもうけた←オジアスを.
9 Ὀζίας δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωαθάμ, Ἰωαθὰμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀχάζ, Ἀχὰζ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἑζεκίαν,
オジアスはもうけた←イオーアタムを.イオーアタムはもうけた←アカズを.アカズはもうけた←エゼキアスを.
10 Ἑζεκίας δὲ ἐγέννησεν τὸν Μανασσῆ, Μανασσῆς δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀμώς, Ἀμὼς ⸃ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωσίαν,
エゼキアスはもうけた←マナッセースを.マナッセースはもうけた←アモースを.アモースはもうけた←イオーシアスを.
11 Ἰωσίας δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰεχονίαν καὶ τοὺς ἀδελφοὺς αὐτοῦ ἐπὶ τῆς μετοικεσίας Βαβυλῶνος.
イオーシアスはもうけた←イエコニアスとその兄弟たちを←バビュローン強制移住の時.
11.1 「バビュローン強制移住」
イエス・キリストの先祖は,バビロンへの強制移住の憂き目に遭った.
12 Μετὰ δὲ τὴν μετοικεσίαν Βαβυλῶνος Ἰεχονίας ἐγέννησεν τὸν Σαλαθιήλ, Σαλαθιὴλ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ζοροβαβέλ,
バビロン強制移住の後,イエコニアスはもうけた←サラティエールを.サラティエールはもうけた←ゾロバベルを.
12.1 「バビュローン強制移住の後」
イエス・キリストの先祖は,新バビロニア帝国に代わってペルシャ帝国が覇権がを握った時.パレスティナに帰還することができた.
13 Ζοροβαβὲλ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀβιούδ, Ἀβιοὺδ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἐλιακίμ, Ἐλιακὶμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀζώρ,
ゾロバベルはもうけた←アビウードを.アビウードはもうけた←エリアキムを.エリアキムはもうけた←アゾールを.
14 Ἀζὼρ δὲ ἐγέννησεν τὸν Σαδώκ, Σαδὼκ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἀχίμ, Ἀχὶμ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἐλιούδ,
アゾールはもうけた←サドークを.サドークはもうけた←アキムを.アキムはもうけた←エリウードを.
15 Ἐλιοὺδ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἐλεάζαρ, Ἐλεάζαρ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ματθάν, Ματθὰν δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰακώβ,
エリウードはもうけた←エレアザルを.エレアザルはもうけた←マットタンを.マットタンはもうけた←イアコーブを.
16 Ἰακὼβ δὲ ἐγέννησεν τὸν Ἰωσὴφ τὸν ἄνδρα Μαρίας, ἐξ ἧς ἐγεννήθη Ἰησοῦς ὁ λεγόμενος χριστός.
イアコーブはもうけた←イオセープ,夫を←マリアの.その彼女から生まれた←イエースースが←いわゆるクリストスが.
16.1 「イオセープ,夫←マリアの」
イオセープはイエスをもうけた,とは言われない.
16.2 「彼女から生まれた←イエースースが←いわゆるクリストスが」
イエスはマリアから生まれた.彼は「クリストス」と呼ばれている.すでに起源の書において,神学的潤色が行われている.
17 Πᾶσαι οὖν αἱ γενεαὶ ἀπὸ Ἀβραὰμ ἕως Δαυὶδ γενεαὶ δεκατέσσαρες, καὶ ἀπὸ Δαυὶδ ἕως τῆς μετοικεσίας Βαβυλῶνος γενεαὶ δεκατέσσαρες, καὶ ἀπὸ τῆς μετοικεσίας Βαβυλῶνος ἕως τοῦ χριστοῦ γενεαὶ δεκατέσσαρες.
したがって,全世代は←アブラアムからダウイドまで,14世代である.そしてダウイドからバビュローン強制移動まで14世代である.そしてバビュローン強制移動からクリストスまで14世代である.
17.1 「アブラアム・・・ダウイド・・・バビュローンへの強制移動・・・クリストス」
この流れをマタイは強調している
17.2 「14世代」
3度繰り返されている.完璧な起源の書である,とマタイは言いたい.
17.3 「クリストス」
強調されている.単なるイエスという人間ではなく,キリストという超人に関する起源の書である,とマタイは言いたい.
17.4 この起源の書を,ヨセフスやタキトゥスら当代一流の歴史家が見たならば,何というであろうか?少なくともマタイの共同体はこれを信じていた.
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