2024年2月4日 主日礼拝
聖書講話 「マルコ福音書のイエス (第147回)~〈民衆の狂気〉の幕〜」
聖書箇所 マルコ福音書 15章12〜15節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
12 そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と言った。13 群衆はまた叫んだ。「十字架につけろ。」14 ピラトは、「一体、どんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫んだ。15 ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.
12 ὁ δὲ Πιλᾶτος πάλιν ἀποκριθεὶς ἔλεγεν αὐτοῖς· Τί οὖν θέλετε ποιήσω ὃν λέγετε τὸν βασιλέα τῶν Ἰουδαίων;
ピラトゥスは再度答弁者として言った←彼ら(その群衆に).「それでは何を諸君は欲するのか?←私がすることを/その人に対して←諸君が言っている←ユダヤ人たちの王と」
12.1 「ピラトゥスは再度答弁者として言った←彼ら(その群衆に)」
12.1.1 「ピラトゥス」
実際のピラトゥスではなく,マルコの構想によるピラトゥス.
12.1.2 「再度」
ピラトゥスは二度にわたり自分の意向をほのめかす.
12.1.3 「答弁者として言った←彼ら(その群衆に)」
一方に祭司長たちに扇動された群衆の要望があり,他方にそれとは反対のローマ総督代官の意向がある.普通は,意向を貫く権限は後者にある.
12.2 「それでは何を諸君は欲するのか?←私がすることを/その人に対して←諸君が言っている←ユダヤ人たちの王と」
12.2.1 「それでは何を諸君は欲するのか?」
総督代官は,まず相手の要望を伺っている.彼らは裁判における陪審員に相当する.そうとう水準の低い部類ではあるが.
12.2.2 「私がすることを」
自分の意向は後回し.ずいぶん弱気なピラトゥス像である.
12.2.3 「その人に対して←諸君が言っている←ユダヤ人たちの王と」
イエスは後回しにされている.哮り狂う群衆.ピラトゥス.イエスという順番.イエスのことなどピラトゥスの関心にない.それで裁判官と言えるのか?
13 οἱ δὲ πάλιν ἔκραξαν· Σταύρωσον αὐτόν.
彼らは再度叫んだ.「磔刑にせよ←彼を」
13.1 「彼らは再度叫んだ」
8節にその群衆は「願い始めた」と書いてあるが,「叫んだ」とは書いていない.マルコの叙述の稚拙さがうかがわれる.「再度」(パリン)というのは,12節のピラトゥスの「再度」(パリン)に合わせたつもりか.
13.2 「磔刑にせよ←彼を」
「磔刑にせよ」と訳した「スタウロオー」は「スタウロス」という名詞の動詞形.「スタウロス」は地面に設置された刑柱.古代ローマ時代,極刑に使用された.いろいろな形状があった.
13.2.1 磔刑とは [平松 義郎]
「特に古代の地中海地域において広く行われた処刑の形態で,はりつけともいう.ローマ帝国において磔は,はじめ奴隷に対する刑であった.しだいに下層の人民,属領の人民,およびローマに対する反逆者に拡張された.受刑者を裸体にして顔をおおい,腕をひろげ,紐または釘で刑柱に打ちつけて刑柱を地上に立てる.足は両足あるいは片足ずつ釘で刑柱に打ちつけるか,紐で結びつける.身体をささえるために丸太を両脚の間にはさみ,また足の下に板をとりつけた.こうして受刑者をむちうち,放置しておくと,数日後に飢餓のために死ぬので.すなわちローマ法の磔は,刀による迅速な死に値しないという侮辱的な死刑であった.キリスト教の影響によって,コンスタンティヌス帝の末年(337年)に磔刑は廃止され,その柱を利用する絞殺に代わった」
13.2.2 「磔刑にせよ」
裁判で有罪判決となった場合,量刑が審議される.その過程が省略され,民衆の側から死刑判決が提示されている.とても裁判とは言えない.マルコが裁判事情に詳しくなかった可能性も考えられる.磔刑はローマ帝国の刑法における極刑である.その群衆はいかなる確実な根拠に基づいて磔刑を要求するのか?それとも祭司長たちに扇動されて,訳もわからず「磔刑にせよ」とわめいているだけなのか?
14 ὁ δὲ Πιλᾶτος ἔλεγεν αὐτοῖς· Τί γὰρ ἐποίησεν κακόν; οἱ δὲ περισσῶς ἔκραξαν· Σταύρωσον αὐτόν.
ピラトゥスは言った←彼らに.「すると何を彼はしたのか?←悪いことを」.彼らは度外れに叫んだ.「磔刑にせよ←彼を」
14.1 「ピラトゥスは言った←彼らに」
ピラトゥスは陪審員たる狂気の群衆による量刑要求を,おとなしく呑むわけにいかない.
14.2 「すると何を彼はしたのか?←悪いことを」
ピラトゥスは,その群衆の磔刑要求に該当する「悪いこと」,すなわち大犯罪を提示するように群衆に求める.ピラトゥスは,イエスは極刑に相当する犯罪を犯していないと思っているということを,マルコは臭わしている.
14.3 「彼らは度外れに叫んだ」
14.3.1 「彼ら」
「彼ら」が前述の群衆だけを指すかどうかは不明.さらにその群衆に同調する人たちが増えた可能性もある.
14.3.2 「度外れに叫んだ」
「度外れに」と訳した「ペリッソース」は,並外れた状態を意味する.割れんばかりの大音響.彼らは度外れの怒号をもって叫んだ.これが狂気にとらわれた民衆の手法である.理性的判断力は飛び去ってしまった.声の大きさがすべて.
14.4 「磔刑にせよ←彼を」
人々は磔刑要求の明確な根拠を言わない.言うことができない.磔刑をごり押しするだけである.磔刑は,国家騒擾罪の他,敵前逃亡罪,国家機密漏えい罪,偽預言罪,魔術惑わし罪などに適用された.
15 ὁ δὲ Πιλᾶτος βουλόμενος τῷ ὄχλῳ τὸ ἱκανὸν ποιῆσαι ἀπέλυσεν αὐτοῖς τὸν Βαραββᾶν, καὶ παρέδωκεν τὸν Ἰησοῦν φραγελλώσας ἵνα σταυρωθῇ.
ピラトゥスは望んでいる者として←その群衆に←満足のいくことを行うことのほうを/釈放した←彼らのためにバラバスを.そして手渡した←イエスを/むち打ちにした後←彼が磔刑にされるために」
15.1 「ピラトゥスは望んでいる者として」
「望んでいる者」と訳した「ブーロメノス」は,12節の「欲する」(テロー)とは違う言葉.「テロー」が単なる欲求,願望,要求を意味するのに対して,ここの「ブーロメノス」は,あれにしようかこれにしようかという思案,好み,判断が込められた望みを意味する.はたしてピラトゥスの,思案と判断の力量やいかに?
15.2 「その群衆に←満足のいくことを行うことのほうを」
ピラトゥスの判断の基準は,もしあるとするなら,正しさではなく打算.民衆への迎合である.日和見主義の典型である.
15.3 「釈放した←彼らのためにバラバスを」
釈放されたバラバスであるが,テキストに彼の罪状を明示されていない.暴動の中で殺人をおかしたその暴動者たちがいたと書いてあるが,バラバは彼らと共に拘置されていたとしか書かれていない.国家騒擾罪なら問題なく極刑に相当する.しかし,ピラトゥスがバラバスを釈放したということは,その罪状を証明する確証をもっていなかったということが考えられる.いずれにせよ,黙示的メシアともいうべきイエスを差し置いて,どこの馬の骨かわからないバラバ,こんなうさんくさい奴を釈放するとは何事か,とマルコは一喝したい.
15.4 「そして手渡した←イエスを/むち打ちにした後←彼が磔刑にされるために」
15.4.1 「手渡した」
「パラディドーミ」という動詞.ブルトマンは,マルコが使用した伝承に属すると推測するが,断定はできない.マルコによる編集句の可能性も考えられる.イエスともある人をこともあろうに非ユダヤ人たちに引き渡した,腹立たしいという気持ちを伝えたいのかもしれない.
15.4.2 「むち打ちにした後」
「むち打ちにした」と訳した「プラゲルロオー」は,ラテン語の「フラゲルロー」からの借用語.その名詞形「フラゲルルム」は,一説によると,刑具としては鉛玉をはめ込んだむちであり,奴隷たちの処罰に用いられた.中にはむち打ちの段階で死亡する場合もあった.たいていは磔刑の準備のための拷問.
15.4.3 「彼が磔刑にされるために」
磔刑は主に奴隷や外国人に対して行われた.それなのにイエスほどの人が磔刑.理不尽であると聴衆・読者が思ってくれるなら,マルコとしては満足であろう.
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