2/22 「マタイ福音書のイエス (第68回)~新しい布切れ・新しいワイン〜」
- 平岡ジョイフルチャペル

- 2月22日
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2026年2月22日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第68回)~新しい布切れ・新しいワイン〜」
聖書箇所 マタイ福音書 9章16〜17節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
16 誰も、真新しい布切れで、古い服に継ぎを当てたりはしない。その継ぎ切れが服を引き裂き、破れはもっとひどくなるからだ。17 また、誰も、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋も駄目になる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

以下は原文の解明に基づく三上の語順訳と講解です.
16 οὐδεὶς δὲ ἐπιβάλλει ἐπίβλημα ῥάκους ἀγνάφου ἐπὶ ἱματίῳ παλαιῷ · αἴρει γὰρ τὸ πλήρωμα αὐτοῦ ἀπὸ τοῦ ἱματίου, καὶ χεῖρον σχίσμα γίνεται.
誰も継ぎ当てしない←継ぎ当てを←縮絨されていない布切れの/←古いヒーマティオンの上に.なぜなら,引っ張るからです←それの(=縮絨されていない布切れの継ぎ当て)
補充がそのヒーマティオンから,そしてより悪い破れが生じます.
16.1 「誰も継ぎ当てしない←継ぎ当てを←縮絨されていない布切れの/←古いヒーマティオンの上に」
16.1.1 ユダヤ教の掟とキリスト教の自由
何のことを言っているのか?ユダヤ教の掟とキリスト教の自由である.ユダヤ教は,掟破りの人たちとの交際を禁止し,断食の遵守を強制した.マタイ福音書のイエスは,掟破りの人たちとの交際を歓迎し,断食の掟に関して自由に行動した.
16.1.2 「誰も継ぎ当てしない」
ローマ帝国時代の庶民にとって,衣服,特に上着(ヒーマティオン)は高価であった.ヒーマティオンは大切に使用され,破れは継ぎ当てされることもあった.
16.1.3 「継ぎ当てを←縮絨(しゅくじゅう)されていない布切れの」
「縮絨されていない」と訳した「アグナポス」は,おそらくそういう意味.縮絨とは,ウールなどの繊維に圧力をかけ,組織を結合させ厚みや強度を増やす(フェルト状にする)加工である.ユダヤ教の掟主義のことを言っている.
16.2 「なぜなら,引っ張るからです←それ(=縮絨されていない布切れの継ぎ当て)の補充がそのヒーマティオンから」
16.2.1 「なぜなら,引っ張るからです」
ユダヤ教とマタイのキリスト教とは,緊張関係の中にあると,マタイは見ている.
16.2.2 「それ(=縮絨されていない布切れの継ぎ当て)の補充」
キリスト教のことを言っている.「補充」と訳した「プレーローマ」は,「完全」をも意味する.もしかすれば,不完全なユダヤ教に対する完全なキリスト教という意味が含意されているかもしれない.
16.2.3 「そのヒーマティオンから」
ユダヤ教を指す.


16.3 「そしてより悪い破れが生じます」
ユダヤ教の掟主義とキリスト教の自由は,共存しない.無理に結合・合同させようとするなら,ひどい亀裂が生じる.では,どうすれば良いのか

17 οὐδὲ βάλλουσιν οἶνον νέον εἰς ἀσκοὺς παλαιούς · εἰ δὲ μή γε, ῥήγνυνται οἱ ἀσκοί, καὶ ὁ οἶνος ἐκχεῖται καὶ οἱ ἀσκοὶ ἀπόλλυνται · ἀλλὰ βάλλουσιν οἶνον νέον εἰς ἀσκοὺς καινούς, καὶ ἀμφότεροι συντηροῦνται.
また投じない←新鮮なワインを←古い皮袋の数々の中へ.さもなければ,破裂する←その皮袋の数々は,そしてそのワインはこぼれ出し,その皮袋の数々はだめになる.そうではなく,投じる←新鮮なワインを←新しい皮袋の数々の中,そして両者が共に保たれる.
17.1 「また投じない←新鮮なワインを←古い皮袋の数々の中へ」
17.1.1 「また投じない」
「投じる」と訳した「バッロー」は,「投げる」.雪を投げる,ボールを投げるように,勢いよさを示す.ワインに関しては,ドボドボという様子.
17.1.2 「新鮮なワインを」
ワインは日常の飲料として不可欠であった.ここでは,マタイのキリスト教を指す.「新鮮な」(ネオス)とあるが,どこが新鮮なのか?掟破りの人たちと自由に交流する.断食の掟に対して,臨機応変に振る舞う点が,新鮮である.
17.1.3 「古い皮袋の数々の中へ」
「古い皮袋」(複数形)は,一人一人のユダヤ教徒を指すかもしれない.
17.2 「さもなければ,破裂する←その皮袋の数々は」
17.2.1 「さもなければ,破裂する」
ユダヤ教とマタイのキリスト教とは,亀裂の関係の中にある.マタイのキリスト教を無理やりユダヤ教徒の中に投じるなら,そのユダヤ教徒は破裂してしまうことを,マタイは認識している.
17.2.2 「その皮袋の数々は」
一人一人のユダヤ教徒を指す.古くても皮袋は皮袋.古いワインの貯蔵に役立つ.
17.3 「そしてそのワインはこぼれ出し,その皮袋の数々はだめになる」
17.3.1 「そしてそのワインはこぼれ出し」
「そのワイン」とは,新鮮なワイン.その勢いは亀裂をもたらす.「こぼれ出す」とは,無駄になるということ.せっかくイエス・キリストを提供しても,相手が頑強なユダヤ教徒の場合,わたしはモーセの律法で足りていますとして,拒絶することもある.
17.3.2 「その皮袋の数々はだめになる」
マタイは,ユダヤ教がだめになることを望んではいない.ユダヤ教の欠点がなくなることを望んでいる.

17.4 「そうではなく,投じる←新鮮なワインを←新しい皮袋の数々の中,そして両者が共に保たれる」
17.4.1 「新鮮なワイン」
マタイは自分たちの宗教を「新鮮な」と自負する.しかし,「新鮮な」にうつつを抜かしていると,古くなる.新鮮なうちに有効利用しなければならない.
17.4.2 「新しい皮袋」
古い皮袋であるユダヤ教徒は,キリスト教の素晴らしさを享受するためには,新しい皮袋であるマタイ派のキリスト教徒にならなければならないと言っている.しかし,一人一人のユダヤ教徒の信仰の自由は認める.
17.4.3 「そして両者が共に保たれる」
マタイ教会の中には,旧来のユダヤ教に組する人たちと,新しいユダヤ教,すなわちキリスト教に組する人たちと,両者がいたのであろう.マタイはキリスト教に組しつつも,旧来のユダヤ教が滅びることは望んでいない.共存を望んでいる.初期キリスト教会におけるアンビバレンスをここに見いだせる.
中村哲は,クリスチャンでありながら,イスラム教徒たちと共に水路造りに献身した.



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