2025年2月16日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第29回)
~「セイショ」「ミシュナー」「タルムード」~」
聖書箇所 マタイ福音書 5章19節
話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
19 だから、これらの最も小さな戒めを一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さな者と呼ばれる.しかし、これを守り、また、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる.
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.

19 ὃς ἐὰν οὖν λύσῃ μίαν τῶν ἐντολῶν τούτων τῶν ἐλαχίστων καὶ διδάξῃ οὕτως τοὺς ἀνθρώπους, ἐλάχιστος κληθήσεται ἐν τῇ βασιλείᾳ τῶν οὐρανῶν · ὃς δ’ ἂν ποιήσῃ καὶ διδάξῃ, οὗτος μέγας κληθήσεται ἐν τῇ βασιλείᾳ τῶν οὐρανῶν.
もしぶち壊す人は←一つを←これらの掟,しかも最も小さな掟の,そしてそのように人間たちに教える人は,最も小さい人と呼ばれるでしょう←諸天の王国において.しかし,もし行い,教える人は(←それらの掟を),大きい人と呼ばれるでしょう←諸天の王国において.
19.1 「もしぶち壊す人は←一つを←これらの掟,しかも最も小さな掟の,そしてそのように人間たちに教える人は」
19.1.1 「ぶち壊す」
定動詞は「リュオー」.原義は「ほどく」「緩める」.そこから「釈放する」.さらに「分解する」「取り消す」「ぶち壊す」「だめにする」.「〔法律などを〕無効にする,取り消す,廃止する,撤回する,破棄する」.ゆゆしいこと,とんでもないことという感じを汲んで.「ぶち壊す」と訳した.
19.1.2 「これらの掟」
(1)「トーラー」
「掟」とは,本来は「トーラー」(「律法」)のことである.「モーセ五書」ともいうが,ユダヤ教聖書を意味することも多い.それは通常「タナハ, TNKh)」あるいは「ミクラー」(読誦)と呼ばれる.本来は,ユダヤ教社会に所属する人たちの規範であり,理念上の話としては,これで間に合わせていた.いわゆる「成文律法」である.
(2)「ミシュナー」
1)「ミシュナー」の起源と発展
しかし,社会規範は,時代の変化に連れて変化せざるをえない.そして,個々の事案に対応するため,細分化し,増加していく.それらは,ユダヤ教の長老たちによる口伝伝承として伝えられていった.後代,文字化され,「ミシュナー」と呼ばれるに至った.「反復」ひいては「学習という意味である.イエスの時代には,まだ口伝による掟であった.この父祖伝来の口伝律法は,「タナハ」に準拠するものであり,大きな法的権威をもっていた.

2)「ミシュナー」の構成
6部63編に区分される.
1. ゼライーム(農業に関する律法)
食物や農業に関連してささげられる祈りに関する論議,什一,祭司の取り分,刈り残し,安息年などに関する規則.
2. モエッド(聖なる行事,祭り)
安息日や贖罪の日その他の祭りに関する律法についての論議.
3. ナシーム(婦人,結婚に関する律法)
結婚や離婚,誓い,ナジル人,姦淫の嫌疑をかけられた事例などにする論議.
4. ネズィキン(損害と民法)
民法や財産に関する規定,法廷と罰則,サンヘドリンの機能,偶像礼拝,誓約,父祖の倫理的教訓集(アボット)などに関連する論議.
5. コダシーム(犠牲)
動物や穀物の捧げ物および神殿の尺度に関する規定に関する論議.
6. トホロット(浄めの儀式)
儀式上の浄さ,水浴,手を洗うこと,皮膚病,色々な物品の汚れなどに関するさまざまの論議.

19.1.3 「しかも最も小さな掟の」
たとえば,「安息日」(シャバット)の労働に関する掟.39の「労働」禁止の項目.
ミシュナ・シャバット7.2
「種まき,耕すこと,刈り取り,取り入れ,脱穀,吹き分け,選別,製粉,篩(ふる)い,こねり,パン焼き,羊毛の刈り取り,漂白,櫛(くし)とり,結染色(ろうけつぞめ),撚糸(ねんし),縦糸の装着,へドルの目の装着,撚糸の機織(きしょく),撚糸の取り外し,結び目をつくること,ほどくこと,ふた針縫うこと,そのために切り裂くこと,鹿をわなにかけること,と殺,皮剥ぎ,塩漬け,皮なめし,二字書くこと,消すこと,建築,取り壊し,消火,点火,ハンマーでたたくこと,一つの領域から他の領域に運搬すること」
19.2 「最も小さい人と呼ばれるでしょう←諸天の王国において」
19.2.1 「最も小さい人」
最低の地位の者という意味か?軍隊では二等兵.学校ではビリ.会社では一般社員,位や非正規社員.ポリス社会では奴隷.もしそうなら,序列主義の観点からの呼称となる.マタイのイエスは序列主義者なのか?
19.2.2 「諸天の王国」
(1)バビロニアの世界観を反映する概念か?

(2)バビロニアの首都バビロンは,古代世界において栄華を極めた都市の象徴.
福音書記者マタイは現実の王国を考えているのか,それとも譬喩を語っているのかは,不明である.現代人にとっては架空であっても,古代人にとっては現実であった可能性を排除することはできない.おそらく,マタイは理想のユダヤ教社会を念頭に置いているのではないかと思われる.

(3)マルドゥク神殿

19.3 「もし行い,教える人は(←それらの掟を),大きい人と呼ばれるでしょう←諸天の王国において」
19.3.1 「行い,教える人は(←それらの掟を)」
掟はまず自ら実行しなければならない.さらに掟の実行を教える人に,マタイは注意を喚起する.いわゆる「先生」のこと.
19.3.2 「大きな者」(メガス)
「メガス」は,ヘブライ語では「ラッビ」.ユダヤ教社会における「先生」は,「ラッビ」という尊称で呼ばれた.掟を忠実に実行し,他者にきちんと教える人でなければ,「大きい人」(ラッビ)と呼ばれるのに値しない.
19.4 タルムードの成立
19.4.1 ミシュナー,グマラ,トーサフォート
父祖伝来の口伝律法は,やがて成文化され,「ミシュナー」(「反復」「学習」)と呼ばれるようになった.そのミシュナーの注釈・解釈が,「グマラ」(完結)であり.そのグマラのさらなる註解(トーサフォート)が付加されていった.その暫定的な集大成が「タルムード」(教訓)である.「暫定的な」というのは,その後もタルムードは発展をし続け,今もその途上にあるからである.「ミシュナー」の区分に従い,6部構成,63編から成る文書群.ユダヤ教では,あくまでも「トーラー」が主であり,「タルムード」はその準拠という位置づけである.
19.4.2 タルムードの構成
各頁は以下の構成になっている.

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