2024年2月11日 主日礼拝
聖書講話 「マルコ福音書のイエス (第148回)~〈兵士たちによる侮辱〉の幕〜」
聖書箇所 マルコ福音書 15章16〜20節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
16 兵士たちは邸宅、すなわち総督官邸の中にイエスを連れて行き、部隊の全員を呼び集めた。17 そして、イエスに紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、18 「ユダヤ人の王、万歳」と挨拶し始めた。 19 また、葦の棒で頭を叩き、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。20 このようにイエスを侮辱したあげく、紫の衣を脱がせて元の上着を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.
16 Οἱ δὲ στρατιῶται ἀπήγαγον αὐτὸν ἔσω τῆς αὐλῆς, ὅ ἐστιν πραιτώριον, καὶ συγκαλοῦσιν ὅλην τὴν σπεῖραν.
その兵士たちは連行した←彼(イエス)を/の中へ←その中庭/すなわち,プラエトーリウム(総督本部).そして召集する←全スペイラ隊を.
16.1 「その兵士たち」
15節にピラトゥスはイエスを引き渡したと書いてあるが,誰に引き渡したかは明示されていない.ここではつじつまを合わせるかのように,「その兵士たち」(ホイ・ストラティオータイ)と書いてある.「兵士たち」に「その」(ホイ)という冠詞が付いているから,前に出てきた人たちを指すはずである.そうなると神殿警察団を指す.しかし,ローマ総督代官のピラトゥスが,イエスを神殿警察団に引き渡すというのは変である.ローマの兵士たちに引き渡すものである.
この文脈のほころびは,伝承に対する編集の稚拙さに由来するものであろう.そもそも「その兵士たち」がローマの正規軍なのか,それとも地方で調達された予備軍であるのかも不明である.マルコ物語は前者を意味しているのかもしれないが,そうなると時代錯誤になる.西暦紀元70年以前のエルサレムには,予備軍だけが駐屯していた.
16.2 「連行した←彼(イエス)を」
今やイエスはそのローマの兵士たちの手中にある.
16.3 「の中へ←その中庭/すなわち,プラエトーリウム(総督官邸)」
16.3.1 「の中へ←その中庭」
兵士たちがイエスを連行した場所は,「その中庭」.「その」はおそらく「ピラトゥスの」という意味であろう.「中庭」と訳した「アウレー」の原義は,普通の家の「中庭」あるいは「前庭」.少なくとも伝承においては,おそらく総督本部の「中庭」の意味であろうと思われる.
16.3.2 「プラエトーリウム(総督官邸)」
その点をはっきりさせるために,マルコか他のだれかによって「プラエトーリウム(総督本部)」という文言が付加されている.ピラトゥスの第二の総督本部である.第一の総督本部は「海のカイサリア」にあり,通常はそこに居住していた.過越祭のように大勢がエルサレムに集まる場合には,警備のためにエルサレムに赴いた.
さて,この文言の付加によって,かえってわからなくなった.それではイエスはそれまでどこにいたのか?総督官邸の中にいたにせよ,その大きな建物の中のどの場所にいたのか?ピラトゥスはどの特定の場所でイエスを尋問したのか?どこでイエスにむち打ちを行ったのか?頭がグラグラする.こうなると読者の無知というよりは,編集の稚拙さと考える方がましである.
16.4 「そして召集する←全スペイラ隊を」
16.4.1 「召集する」
歴史的現在という用法.過去の出来事を彷彿させる効果をもつ.「召集する」というのであるから,その兵士たちは上級の兵士たちであろう.士官階級.
16.4.2 「全スペイラ隊」
「スペイラ隊」は,おそらくローマ帝政期の「マニプルス隊」を指すのではないかと考えられる.通常120人の兵士によって構成され,三列編成で戦った.これほどの部隊が召集されたということは,何を意味するか?イエスが大物の反逆者であるという認識.そしてイエスを奪還するために,攻撃をしかけてくるかもしれない暴徒たちに対する警戒.そうマルコは言いたい.
17 καὶ ἐνδιδύσκουσιν αὐτὸν πορφύραν καὶ περιτιθέασιν αὐτῷ πλέξαντες ἀκάνθινον στέφανον·
そして彼ら(その兵士たち)は着せる←彼(イエス)を←紫の衣を,そして張り巡らす←彼に(イエスの頭に)/編んだ後←アカンティノス(とげとげしい)王冠を.
17.1 「彼ら(その兵士たち)は着せる←彼(イエス)を←紫の衣を,そして張り巡らす←彼に(イエスの頭に)」
17.1.1 「彼ら(その兵士たち)は着せる←彼(イエス)を←紫の衣を」
ぎこちない日本語であるが,これが逐語訳.
17.1.2 「着せる」
というからにはイエスの衣を脱がせた.
17.1.3 「紫の衣」
このように訳した「ポルピュラ」の原義は,「紫の魚」.転じて「紫の魚から得られる紫の染料」.「衣につける紫のヒモまたは紫の飾り」.「紫の衣」.ユリウス・カエサルが紫のトーガ(外衣)を着用したのに倣い,歴代のローマ皇帝は式典の時これを着用したという.ここでは色あせたぼろ切れのような衣であろう.
17.2 「編んだ後←アカンティノス(とげとげしい)王冠を」
「王冠」(ステパノス)を形容する「アカンティノス」は,トゲのある植物を指すと推測されるが,植物の種類を特定することはできない.当時用いられた王冠をもじったものであろう.
18 καὶ ἤρξαντο ἀσπάζεσθαι αὐτόν· Χαῖρε, βασιλεῦ τῶν Ἰουδαίων·
そして彼ら(その兵士たち)は始めた←挨拶することを←彼(イエス)に.「カイレ(喜べ=幸あれ)!ユダヤ人たちの王よ」
18.1 「彼ら(その兵士たち)は始めた←挨拶することを←彼(イエス)に」
18.1.1 「始めた」
アオリスト時制.不定詞と一緒に用いる.マルコの特徴である.
18.1.2 「挨拶すること」
当時のローマ社会では,パトローヌス(庇護者)-クリエーンス(庇護民)の関係が社会を規定していた.庇護民が毎朝庇護者のところへ参上し,挨拶をすることは欠かせない慣習であった.その上級兵士たちは,イエスを庇護者にもじっている.それどころか王にもじっている.その兵士たちは家臣を演じている.マルコ福音書の最初の聴衆・読者からすれば,茶番であるだけではなく皮肉でもある.あなたがたが王にもじって侮辱しているイエスは,本物の王ですよと言いたい.
18.2 「カイレ(喜べ=幸あれ)!ユダヤ人たちの王よ」
18.2.1 「カイレ」
ギリシア語の挨拶の言葉.「喜べ=幸あれ」という意味.会う時にも分かれる時にも用いる.
19 καὶ ἔτυπτον αὐτοῦ τὴν κεφαλὴν καλάμῳ καὶ ἐνέπτυον αὐτῷ, καὶ τιθέντες τὰ γόνατα προσεκύνουν αὐτῷ.
そして彼ら(その兵士たち)は(何度も)殴った←彼(イエス)の頭を←葦の杖で.そしてつばを吐いた←彼(イエス)に.そしてひざを置いた後,深くお辞儀をする←彼(イエス)に.
19.1 「彼ら(その兵士たち)は(何度も)殴った←彼(イエス)の頭を←葦の杖で」
19.1.1 「彼ら(その兵士たち)は(何度も)殴った」
「何度も」は私の補足.「殴った」は未完了時制.マルコが正しい用法を知っていたならばの話だが,未完了時制は過去における継続や繰り返しの意味合いがある.その兵士たちの侮辱は過激化し,虐待となった.
19.1.2 「彼(イエス)の頭を」
頭を殴るのは侮辱であることはわかる.
19.1.3 「葦の杖で」
「葦の杖」は「カラモス」.通常は侮辱の道具として手に持たせた.ここでは虐待の道具.トゲ付きの冠を素手で殴ると痛い.そこでその兵士たちは代わる代わる葦の杖でイエスの頭を殴った.
19.2 「つばを吐いた←彼(イエス)に」
これがどれほどの侮辱であるかも,察しがつく.
19.3 「ひざを置いた後,深くお辞儀をする←彼(イエス)に」
19.3.1 「ひざを置いた後」
これが逐語訳.「置いた」というがどこに置いたのか?やはり地面にではないだろうか.大きな尊敬のふりである.
19.3.2 「深くお辞儀をする」
逐語訳.「プロスキュネオー」の原義は,「神々や神像に対して深くお辞儀をすること」「ひれ伏して拝礼すること」.そのローマの士官たちは,イエスを神々にさえもじっている.
20 καὶ ὅτε ἐνέπαιξαν αὐτῷ, ἐξέδυσαν αὐτὸν τὴν πορφύραν καὶ ἐνέδυσαν αὐτὸν τὰ ἱμάτια τὰ ἴδια. καὶ ἐξάγουσιν αὐτὸν ἵνα σταυρώσωσιν αὐτόν.
そして後←彼ら(その兵士たち)が侮辱した←彼(イエス)に,彼らははぎ取った←彼(イエス)を←その紫の衣を.そして着せた←彼(イエス)を←イエス自身の衣を.そして連れ出す←彼(イエス)を/磔刑にするために←彼を.
20.1 「後←彼ら(その兵士たち)が侮辱した←彼(イエス)に」
20.1.1 「後」と訳した「ホテ」は「時」が原義.それをマルコは「後」という意味で用いている.正式のギリシア語教育を受けたわけではないであろうから,仕方がないといえば仕方がない.
20.2 「彼らははぎ取った←彼(イエス)を←その紫の衣を」
20.2.1 「はぎ取った」
紫の衣を乱暴に脱がせたことは想像に難くない.トゲ付きの王冠のほうはどうなったのか?画家を悩ませるところだ.
20.3 「着せた←彼(イエス)を←イエス自身の衣を」
20.3.1 「着せた」
ということは,イエスは自分で衣を着ることができないよう両手を拘束されていたということか.
20.4 「連れ出す←彼(イエス)を/磔刑にするために←彼を」20.4.1 「連れ出す」
その士官たちはイエスを総督本部から連れ出す.
20.4.2 「磔刑にするために←彼を」
こうして侮辱の幕が終わり,磔刑の幕に劇は進んで行く.
Commenti