2024年12月15日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第21回)~人を惹きつける人格~」
聖書箇所 マタイ福音書 4章18~22節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
18 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。19 イエスは、「私に付いて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。20 二人はすぐに網を捨てて従った。21 そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父ゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になり、二人をお呼びになった。22 彼らはすぐに舟と父を残して、イエスに従った。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.
18 Περιπατῶν δὲ παρὰ τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας εἶδεν δύο ἀδελφούς, Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον καὶ Ἀνδρέαν τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ, βάλλοντας ἀμφίβληστρον εἰς τὴν θάλασσαν, ἦσαν γὰρ ἁλιεῖς ·
彼(イエス)が経巡っていたとき←ガリラヤの海に沿って,彼は見た→二人の兄弟を,シモーン←ペトロスと呼ばれる,そしてアンドレアス←彼(シモーン)の兄弟を,彼らは投網(とあみ)を投げていた→その海の中へ.なぜなら彼らは漁師であった.
18.1 「彼(イエス)が経巡っていたとき←ガリラヤの海に沿って」
18.1.1 「ガリラヤの海」
周囲53キロ, 南北21キロ. 東西13キロ. 面積166平方キロ. 最大深度43m. 海抜ー213mで, 湖としては死海につぐ海抜の低さ.
18.1.2 「彼(イエス)が経巡っていたとき」
イエスはガリラヤの湖を経巡りながら,何をしていたかといえば,周辺の人々に話を力強く語りかけたであろう.イエスの見るところでは,人々の多くはふしだらな生活をしていた.したがって,イエスの語りかけた内容は,私の推測では,「ふじだらな生活をやめて,清い生き方しなさい」,「不正な行為をやめて,正しい行為をしなさい」,あるいは「人を憎むのではなく,愛しなさい」というようなことであったと思われる.
18.2 「彼は見た→二人の兄弟を,シモーン←ペトロスと呼ばれる,そしてアンドレアス←彼(シモーン)の兄弟を,彼らは投網を投げていた→その海の中へ」
18.2.1 「彼は見た」
「見た」のはイエスである.並外れて人を鋭く見る炯眼をもつイエスが見た.
18.2.2 「二人の兄弟を」
イエスは二人の兄弟を見た.見抜いた.彼らの中にある仲の良さ,互いへの尊敬,そして一致協力を認識した.
18.2.3 「シモーン←ペトロスと呼ばれる,そしてアンドレアス←彼(シモーン)の兄弟」
シモーン←ペトロスとアンドレアス.イエスの最初の仲間になる栄誉にあずかった二人の名前は,記憶にあたいする.このとき二人は何をしていたのか?
18.3 「彼らは投網を投げていた→その海の中へ」
二人は投網の労働をしていた.イエスが大工の修業を受け,極めて誠実に大工の仕事に励んできた労働者であったとするならばの話である.たとえ職種が違っていたとしても,二人の兄弟たちが投網を投げる労働の中に,仕事に打ち込む誠実さ見て取ることができたとしても不思議ではない.
18.4 「なぜなら彼らは漁師であった」
この二人は素人の釣り人ではなく,漁業を生業とする人たちである.こういう額に汗して労働にいそしむ人たちの汗臭さに,イエスも誠実な労働者であったので,親近性をを覚えたであろう.
19 καὶ λέγει αὐτοῖς · Δεῦτε ὀπίσω μου, καὶ ποιήσω ὑμᾶς ἁλιεῖς ἀνθρώπων.
そして彼(イエスは)言う→彼らに.「こちらへ来てください←私のあとに.そうすれば私はあなたがたを人間たちの漁師にしてあげましょう」
19.1 「そして彼(イエスは)言う→彼らに」
イエスに声をかけられた二組の兄弟たちの立場から,考えてみよう.彼らにしてみれば,それは「神からの声」としか言いようのない崇高な宗教的衝撃だったであろう.
19.2 「こちらへ来てください←私のあとに」
19.2.1 「こちらへ来てください」(デウロ)
イエスの方に来てくださいということ.イエスの方に進路を向け変えるということ.人生の方向転換である.「私のあとに」ということは,イエスが歩む道についてきなさいということ.
19.3 「そうすれば私はあなたがたを人間たちの漁師にしてあげましょう」
19.3.1 「私はあなたがたを・・・にしてあげましょう」
自分の願望・欲望によって何かになるのではない.イエスによって何かにさせていたでくのである.その「何か」とは何か?
19.3.2 「人間たちの漁師」
暫定的に「漁師」と訳した「ハリエウス」の原義は,「海にかかわる人」.そこから,「漁師」あるいは「船員」といった意味が出てくる.ここでは広く,人間たちの大海原,すなわち苦しみに悩まされている人間たちの世界の中に出て行く人という意味に取りたい.人生の海の嵐に苦しむ人々の中に,先頭を切って飛び込んで行く船長イエスのあとに,勇猛果敢についていく船員たちにならせていただく栄誉が,今ここに提供されている.
20 οἱ δὲ εὐθέως ἀφέντες τὰ δίκτυα ἠκολούθησαν αὐτῷ.
彼ら(シモーンとアンドレアス)はすぐに網を手放したあと,彼(イエス)のあとに従った.
20.1 「彼ら(シモーンとアンドレアス)はすぐに網を手放したあと」
労働中のシモーンとアンドレアスは,「すぐに網を手放した」.「すぐに」(エウテュス)という言葉が強調されている.すぐ過ぎる.それほどイエスの呼びかけは強烈だったことが推察される.
20.2 「彼(イエス)のあとに従った」
二人はイエスの仲間になった.イエスが学ぶ道を共に歩む学友となった.イエスが実行する愛と正義と平和の道を共に歩む同志となった.
21 Καὶ προβὰς ἐκεῖθεν εἶδεν ἄλλους δύο ἀδελφούς, Ἰάκωβον τὸν τοῦ Ζεβεδαίου καὶ Ἰωάννην τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ, ἐν τῷ πλοίῳ μετὰ Ζεβεδαίου τοῦ πατρὸς αὐτῶν καταρτίζοντας τὰ δίκτυα αὐτῶν, καὶ ἐκάλεσεν αὐτούς.
そして彼(イエス)はその場所から進んだあと,見た→他の二人の兄弟を,ゼベダイオスの息子イアコーボスと彼の兄弟イオーアンネースを,彼らは舟の中で彼らの父ゼベダイオスと共に,彼らの網を繕っていた.そして彼(イエス)は彼らを呼んだ.
21.1 「そして彼(イエス)はその場所から進んだあと,見た」
21.1.1 「そして彼(イエス)はその場所から進んだあと」
イエスは前進する人である.一つの場所に留まらない.今やシモンとアンドレアスを伴ったイエスは,ガリラヤの海沿いの他の場所に移動する.ガリラヤの海沿いは,魚の豊漁地帯であるだけではなく,期待できる仲間たちの宝庫であることを,イエスは知っていた.この別の場所においても,イエスは「見た」.その本物を見定める炯眼は存分に発揮される.
21.2 「他の二人の兄弟を,ゼベダイオスの息子イアコーボスと彼の兄弟イオーアンネースを」
21.2.1 「他の二人の兄弟」
またしても二人の兄弟.兄弟であることと,その愛と結束の固さ.これをイエスは重視した.
21.2.2 「ゼベダイオスの息子イアコーボスと彼の兄弟イオーアンネース」
ヤコブとヨハネの兄弟と父親のゼベダイオス.イエスは父親も見た.おそらく慈しみの眼差しで.
21.3 「彼らは舟の中で彼らの父ゼベダイオスと共に,彼らの網を繕っていた」
父親と一緒に仲良く働いている兄弟の姿が,イエスの目を捉えた.
21.4 「そして彼(イエス)は彼らを呼んだ」
イエスが呼んだということは,イエスに呼ばれたということ.栄誉である.
22 οἱ δὲ εὐθέως ἀφέντες τὸ πλοῖον καὶ τὸν πατέρα αὐτῶν ἠκολούθησαν αὐτῷ.
彼らはすぐに手放したあと←その舟と彼らの父を,イエスのあとに従った.
22.1 「彼らはすぐに手放したあと←その舟と彼らの父を」
22.1.1 「手放した」
20節と同じ動詞「アピエーミ」.しっかり握っていたものを手放す.大事なものを手放す.漁師にとって舟ほど大事なものはない.それをヤコブとヨハネの兄弟は手放した.イエスの呼びかけは舟にまさった.さらに舟より大事な父親にまさった.イエスは二人の息子たちがいなくても,父親は大丈夫だと見てとった.もしかしたら二人以外に他の子どもたちがいたかもしれない.父親も二人をつなぎ止めておこうとしなかった.温かい心で送り出したのではないだろうか.かつて大学4年生であった私は,卒業後すぐに神学校へ入りたい意向を父親に告げた.父親は「お前の望むようにしなさい」と許可してくれたことを思い出す.
22.2 「イエスのあとに従った」
そういう次第で,ヤコブとヨハネの兄弟は,シモーン・ペトロスとアンドレアスの兄弟と共に,心置きなくイエスのあとに従った.
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