2024年11月24日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第19回)
~高山での修行:栄光に抗う~」
聖書箇所 マタイ福音書 4章8~11節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
8 さらに、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその栄華を見せて、9 言った。「もし、ひれ伏して私を拝むなら、これを全部与えよう。」 10 すると、イエスは言われた。「退け、サタン。/『あなたの神である主を拝み/ただ主に仕えよ』と書いてある。」 11 そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが近づいて来て、イエスに仕えた。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.
8 Πάλιν παραλαμβάνει αὐτὸν ὁ διάβολος εἰς ὄρος ὑψηλὸν λίαν, καὶ δείκνυσιν αὐτῷ πάσας τὰς βασιλείας τοῦ κόσμου καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν
また受け取る←イエスを←中傷者は/ある非常に高い山の中に.そして明示する←彼(イエス)に←諸王国を←世界(コスモス)の,そしてそれら(諸王国)の栄華を.
8.1 「また受け取る←イエスを←中傷者は/非常に高いある山の中に」
8.1.1 「また」
イエスは三回目の試験を受ける.一回目は孤独な場所での飢餓の試験.二回目は大衆の前での奇跡・自己誇示の試験.試験の難易度が漸進的に高まっていく.
8.1.2 「受け取る」
定動詞「ラムバノー」は,「から受け取る」が原義.誰から受け取るかというなら,神からである.神の認定の下に,イエスは受験生として受け入れられる.イエスの試験の主宰者は,徹頭徹尾神である.
8.1.3 「中傷者」
「ディアボロス」はそういう意味.試験官にあたるディアボロスは,イエスに難癖をつけ,妨害し,試験に落とそうとする.しかし,神が主宰する試験であり,受験生はイエスである以上,ディアボロスの企みは成功するはずがない.
8.1.4 「ある非常に高い山」
実在の山なのか?それともマタイが思い描く山なのか?前者の場合,たとえばパレスティナであればヘルモン山 (הר חרמון).標高2,814メートル.エルサレムを見下ろす標高818メートルのオリーブ山を見慣れた人たちからすれば,ヘルモン山は高山であるにちがいはない.しかし,ここではおそらく福音書記者が思い描く架空の山であろう.マタイは「非常に」(リアン)という副詞が非常に好きである.2:16; 4:8; 8:28; 27:14を参照.
8.2 「そして明示する←彼(イエス)に←諸王国を←世界(コスモス)の,そしてそれら(諸王国)の栄華を」
8.2.1 「明示する」
これがデイクニューミの原義.イエスは,おぼろげにではなく,明瞭に見た.
8.2.2 「諸王国を←世界(コスモス)の」
「世界(コスモス)」とは,ローマ帝国の版図であろう.
五賢帝の時代(96年〜180年)に全盛期を迎えた.
8.2.3 「(諸王国)の栄華」
どれほど栄華を極めた王国も例外なく滅びた.ローマ帝国も滅びた.これが歴史の打ち消すことのできない真実である.
マタイが歴史的知見をもっていたと仮定するなら,歴代のアッシリア帝国,新バビロニア帝国,ペルシア帝国,アレクサンドロス帝国を意識していたかもしれない.
9 καὶ εἶπεν αὐτῷ · Ταῦτά σοι πάντα ⸃ δώσω, ἐὰν πεσὼν προσκυνήσῃς μοι.
そして彼(中傷者)は彼(イエス)に言った.「それらのものどもをあなたに全部与えましょう.もしあなたがひざまずいて私に拝礼するならば」.
9.1 「そして彼(中傷者)は彼(イエス)に言った」
そのディアボロスとはイエスの外の誰かであるが,イエスの中の誰かであると見ることもできる.すべての人間は二面性をもつ.
ジキル博士にはハイド氏(Mr. Hyde)が潜んでいる.「ハイド」という名前は「隠れる」に掛けたものである.イエスも人間であるからには,しかも人並みはずれた大いなる能力をもつ人間である以上,ハイド氏が隠れていた.
9.2 「それらのものどもをあなたに全部与えましょう」
普通の人間はそのように言われても,とても対応しきれない.しかし,イエスのような強大かつ巨大な人間には,そのような提供は対応可能である.受け入れようと思えば,受け入れることができる.
9.3 「もしあなたがひざまずいて私に拝礼するならば」
これがディアボロスの突きつける条件である.餌,詐欺である.SNSの詐欺に警戒せよ,である.ここが判断の分かれ目とる.
ジキル博士を選ぶのか.それとも,ハイド氏を選ぶのか.理性によってさまざまな欲望を抑制するのか.それとも,さまざまな欲望に隷従するのか.ジキル博士はハイド氏に負けてしまった.ジキル博士は,当初は薬によって変身を抑制することができていた.しかし,次第にハイドの人格が強くなり,やがて薬なしでハイドに変身するようになる.最終的にジキル博士は、ハイドとしての自分を止められなくなり,自殺に至った.
10 τότε λέγει αὐτῷ ὁ Ἰησοῦς · Ὕπαγε, Σατανᾶ · γέγραπται γάρ · Κύριον τὸν θεόν σου προσκυνήσεις καὶ αὐτῷ μόνῳ λατρεύσεις.
そのとき言う←彼(中傷者)に←イエスは.「去って行け!サタン.なぜなら書いてあります.〈主なる神を←あなたの←あなたは拝礼しなさい.そして彼(主)にのみ仕えなさい〉と」.
10.1 「そのとき言う←彼(中傷者)に←イエスは」
「言う」(レゴー)は現在時称.臨場感にあふれている.イエスはディアボロスに対して,いまここではっきり言う.
10.2 「去って行け!サタン」
10.2.1 「去って行け」
「ヒュパゴー」の原義は「下に連れて行く」.他動詞である.ここでは自動詞の用法である.「去って行く」「退却する」.イエスは剛腕の将軍さながら,ディアボロスとその軍勢に対して退却を命じる.
10.2.2 「サタン」
ギリシャ語にとっては外来語である.アラム語では「サーターナー」.ヘブライ語では「サーターン」.それを音写したもの.「敵対者」「妨げる者」「誹謗する者」「訴える者」が原義.
10.3「なぜなら書いてあります」
七十人訳ギリシア語聖書『申命記』6章13節の引用である.マタイのイエスは,ユダヤ教聖典を後ろ盾にするのが好きである.
10.4 「主なる神を←あなたの←あなたは拝礼しなさい.そして彼(主)にのみ仕えなさい」
10.4.1 「主なる神」(キュリオス・ホ・テオス,主・その神)
ヘブライ語に直すと,「ヤハウェ・エローヒム」となるであろう.「私と私の家はヤハウェに仕える」(MT『ヨシュア記』24章15節)と言ったヨシュアを想起する.ただし,マタイのイエスが,「キュリオス」という名前で,古代イスラエルの民族神ヤハウェを意味していたかどうかは,不明.議論の余地がある.
10.4.2 「仕えなさい」
「仕える」(ラトレウオー)の原義は,「雇われて/給料をもらって働く」「服従する/隷属する」.宗教用語としては,「祈祷や供犠によって神々に仕える」.祈祷はもちろんであるが,上等のブドウ酒や牛・羊を捧げなければ,神々に仕えることにはならない.
11 τότε ἀφίησιν αὐτὸν ὁ διάβολος, καὶ ἰδοὺ ἄγγελοι προσῆλθον καὶ διηκόνουν αὐτῷ.
そのとき解放する←彼(イエス)を←その中傷者は.そして見よ!使者たちが(イエスの方へ)やって来た.そしてイエスに仕えた.
11.1 「そのとき解放する←彼(イエス)を←その中傷者」
11.1.1 「解放する」
「アピエーミ」の原義は,「送り出す」「解放する」.束縛していた人を解放するという意味.ディアボロスは,もうこれ以上イエスを留め置く力をもたない.イエスのほうがはるかに強い.猛牛や暴れ馬は放してやるにこしたことはない.
11.2 「そして見よ!使者たちが(イエスの方へ)やって来た.そしてイエスに仕えた」
11.2.1 「使者たち」
神から派遣された使者たち.天使なのか?人なのか?何ももたずにやって来るはずはない.おいしい飲み物や食べ物を持参するのが筋である.
11.2.2 「仕えた」
神の使者たちは供物をもってイエスに仕えた.ちなみに,『創世記』4章の「カインとアベル」物語によると,ヤハウェは穀物よりもお肉が好きだったようである.
ギリシアの神々は,不死の食べ物アンブロシアを食し,不死の酒ネクタールを飲んだ.
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