2023年11月19日 主日礼拝
聖書講話 「ある知者の洞察(第29回)〜〈コヘレトの君主観〉を吟味する」
聖書箇所 コヘレトの言葉 4章13〜16節
プトレマイオス5世エピパネス 在位 前204-前181
[聖書協会共同訳]
[下線は改善の余地があると私には思われる部分]
13 貧しくても知恵ある少年のほうが/もはや忠告を聞き入れない/老いた愚かな王よりまさる。 14 彼は王国に貧しく生まれ/牢から出て王となった。15 太陽の下、生ける者すべてが/代わって立ったこの少年に味方するのを/私は見た。16 あらゆる民に果てはない。/彼らの前にいた者はすべて/後の時代の人々に喜ばれない。/これもまた空であり、風を追うようなことである。
以下は,ヘブライ語とギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解.
上はヘブライ語聖書(MTと略す).下は七十訳ギリシャ語聖書(LXXと略す).
13
טֹ֛וב יֶ֥לֶד מִסְכֵּ֖ן וְחָכָ֑ם מִמֶּ֤לֶךְ זָקֵן֙ וּכְסִ֔יל אֲשֶׁ֛ר לֹא־יָדַ֥ע
לְהִזָּהֵ֖ר עֹֽוד׃
よい/ある少年は/乏しい/そして知恵のある//ある王よりも/老人/愚者/ところの←知らなかった/いまだ注意深いことを.
Ἀγαθὸς παῖς πένης καὶ σοφὸς ὑπὲρ βασιλέα πρεσβύτερον καὶ ἄφρονα, ὃς οὐκ ἔγνω τοῦ προσέχειν ἔτι·
よい/ある少年は/乏しい/そして知恵のある//ある王よりも/老人の/愚かな/ところの←知らなかった/いまだ傾聴することを.
13.1 MT「注意深い」.LXX「傾聴する」.後者を採用する.
13.2 「よい」
知者であるコヘレトの判断である.知者でない人は,違う判断をする.
13.3 「ある少年は/乏しい/そして知恵のある//ある王よりも/老人の/愚かな」
13.3.1 三水準の比較.年齢,富,知恵.すなわち,1)知者か愚者か,2)少年か老人か,3)欠乏か王(富)か.通常の順序が逆転している.常識では,老齢の(裕福な)王のほうが,ほとんどの面で,乏しい少年よりよい.しかし,コヘレトの洞察では,知恵をもつ人こそが,年齢と富とにかかわらず,よい.
13.3.2 「ある少年・・・ある王」
ところでコヘレトは実在の少年と王を念頭に置いているのか?諸説紛々であるが,F. Hitzig の推測によると(ICCから借用),知者の少年とはたぶんエジプトのプトレマイオス5世(プトレマイオス・エピパネス).愚者の王とはプトレマイオス4世 (プトレマイオス・ピリパトル).前205年,父親が死んだため,代わりに息子が,5歳で王位を継承した.彼が知者であった記録はないが,学芸のポリスであるアレクサンドリアで育ったのだから,一端の教養は身に付けていたであろう.幼年の王であったため,悪い廷臣たちに翻弄され,さらにエジプトの領土を減らすことになった.
13.4 「ところの←知らなかった/いまだ注意深いことを」
13.4.1 「知らなかった」
愚かな王は肝心のことを知らなかった.
13.4.2 「いまだ注意深いことを」
老齢で裕福ではあるが愚かである王の特徴の説明である.「注意深い」とはどういうことか?LXXは「傾聴する」と適切に訳している.人の忠告に耳を傾けることである.それをしないこと,いや,できないことが,愚者であるということ.
プトレマイオス4世 (プトレマイオス・ピリパトル)は,弱い人であり,人の言うことに耳を傾けなかった.大酒飲み,遊び人で,悪い廷臣に取囲まれ,母,叔父,兄弟を殺した.シリアのアンティオコス3世に破れ,多くの領土を失った.
14
כִּֽי־מִבֵּ֥ית הָסוּרִ֖ים יָצָ֣א לִמְלֹ֑ךְ כִּ֛י גַּ֥ם בְּמַלְכוּתֹ֖ו נוֹלַ֥ד רָֽשׁ׃
なぜなら,彼(=老王?)は反逆者たちの家から出た/王になるため/またとしても←彼の(=老王)の王国において彼(=少年)は生まれた/乏しい者として.
ὅτι ἐξ οἴκου τῶν δεσμίων ἐξελεύσεται τοῦ βασιλεῦσαι, †ὅτι καί γε ἐν βασιλείᾳ αὐτοῦ ἐγεννήθη πένης.
なぜなら,彼(少年?)は捕虜たちの家から出るであろう/王になるため/なぜなら,また彼(=老王)の王国において彼(=少年)は生まれた/乏しい者として.
14.1 MT「反逆者たち」(スールの分詞複数形),LXX「捕虜たち」.文意からすると,「反逆者たち」がよい.ただし「スール」がこの意味であるかどうかは,確かではない.MT「出た」,LXX「出るであろう」.前者の場合,主語は王.後者の場合,主語は少年.どちらかといえば,前者のほうが文意に適っている.
14.1.1 MT「としても」,LXX「なぜなら」.「としても」を採用する.
14.2 「なぜなら,彼(=老王?)は反逆者たちの家から出た/王になるため」
14.2.1 「なぜなら」
前節で述べた,知恵をもつ人こそが,年齢と富とにかかわらず,よい,ということの説明.
14.2.2 「彼(=老王?)は反逆者たちの家から出た」
「彼」はおそらく老王.「反逆者たち」とは,おそらくプトレマイオス朝を指す.プトレマイオス4世はユダヤ教徒を迫害したので,ユダヤ教徒からそのように呼ばれた.「出た」とは,出身と所属を意味する.
14.3 「またとしても←彼の(=老王)の王国において彼(=少年)は生まれた/乏しい者として」
14.3.1 「としても」(キー・ガム)
「キー・ガム」はやっかいである.「ガム・キー」は,「としても」という多くの用例がある.「キー・ガム」は,この個所以外は「なぜなら」または「しかし」という用法である.文意から考えて,暫定的に「としても」と訳しておく.
14.3.2 「彼の(=老王)の王国において彼(=少年)は生まれた」
プトレマイオス5世は,当然ながら,プトレマイオス4世の王国で生まれた.
14.3.3 「乏しい者として」
生まれた時は,少年は富も権勢も持たなかった.
15
רָאִ֨יתִי֙ אֶת־כָּל־הַ֣חַיִּ֔ים הַֽמְהַלְּכִ֖ים תַּ֣חַת הַשָּׁ֑מֶשׁ עִ֚ם הַיֶּ֣לֶד הַשֵּׁנִ֔י אֲשֶׁ֥ר יַעֲמֹ֖ד תַּחְתָּֽיו׃
私は見た/すべての生きている人たちを←歩んでいる←太陽の下で/と共に←その第二の少年/ところの←立つであろう←彼(=最初の王)の代わりに.
εἶδον σὺν πάντας τοὺς ζῶντας † † τοὺς περιπατοῦντας ὑπὸ τὸν ἥλιον † μετὰ τοῦ νεανίσκου τοῦ δευτέρου, † ὃς στήσεται ἀντʼ αὐτοῦ,
私は見た/と共に(シュン)←すべての生きている人たち//歩んでいる人たちを←太陽の下で/と共に(メタ)←その第二の少年/ところの←立つであろう←彼(最初の王)の代わりに.
15.1 「私は見た/すべての生きている人たちを←歩んでいる←太陽の下で」
15.1.1 「私は見た」
コヘレトはだれを見たのか?
15.1.2 「すべての生きている人たちを←歩んでいる←太陽の下で」
MT「すべての生きている人たちを←歩んでいる←太陽の下で」.LXX「歩んでいる人たちを←太陽の下で」.前者は全部の人たち.後者は部分の人たち.前者を採用する.全部の人たちというと,誇張にも聞こえるが,コヘレトほどの知者となると,全部の人たちをあらゆる角度から観ることができる.
15.2 「と共に←その第二の少年/ところの←立つであろう←彼(=最初の王)の代わりに」
15.2.1 「と共に」(イム)
側につく.支持する,という意味.だれを王として支持し,従うかということ.老王が死んだ後,幼年王は民からの歓呼をもってエジプト王に即位した.行く先には暗雲が立ちこめているとは露知らず.
15.2.2 「その第二の少年」
「第二」(ハシェーニー)は,意味不明.王に次ぐ二番目の人,あるいは次期の王ととることもできる.二番目の息子(次男)ととることも不可能ではない.もしかしたら,シリア王のアンティオコス3世を指すかもしれない.彼は18歳で王に即位し,前198年,エルサレムを征服した.
15.2.3 「立つであろう←彼(=最初の少年)の代わりに」
アンティオコス3世説に立つなら,「彼」とは最初の少年である,プトレマイオス5世ということになる.
16
אֵֽין־קֵ֣ץ לְכָל־הָעָ֗ם לְכֹ֤ל אֲשֶׁר־הָיָה֙ לִפְנֵיהֶ֔ם גַּ֥ם הָאַחֲרוֹנִ֖ים לֹ֣א יִשְׂמְחוּ־בֹ֑ו כִּֽי־גַם־זֶ֥ה הֶ֖בֶל וְרַעְיֹ֥ון רֽוּחַ׃
終わりがない←その民全体に/(おわりがない)すべての人たちに/ところの←彼らの前に生成した.そしてまた後代の人たちは,彼(=その第二の少年)を喜ばないであろう.なぜならこれもまた蒸気であり風の追求であるから.
οὐκ ἔστιν περασμὸς τῷ παντὶ λαῷ, †† τοῖς πᾶσιν, ὅσοι ἐγένοντο ἔμπροσθεν αὐτῶν·
† καί γε οἱ ἔσχατοι οὐκ εὐφρανθήσονται ἐν αὐτῷ·† ὅτι καί γε τοῦτο ματαιότης καὶ προαίρεσις πνεύματος.
終わりがない←その民全体に,すべての人たちに/かぎりの←彼らの前に生成した.そしてまた直近の人たちは,彼(=その第二の王)を喜ばないであろう.なぜならこれもまた空虚であり風の選択であるから.
16.1 MT「ところの」,LXX「限りの」.前者は過去だけではなく未来をも見ている.後者は過去に限定している.過去に学び,未来を熟視ことが重要である.それゆえMT「後代の人たち」,LXX「直近の人たち」.MT「蒸気」,LXX「空虚」.MT「追求」,LXX「選択」.LXXは不十分.MTを採用する.
16.2 「終わりがない←その民全体に/(終わりがない)すべての人たちに/ところの←彼らの前に生成した」
16.2.1 「終わりがない←その民全体に」
「終わりがない」とは,民は長く存続するということ.王朝は短命である.
16.2.2 「(おわりがない)すべての人たちに/ところの←彼らの前に生成した」
過去の民たちと王たちについても,同じことが言える.
16.3 「そしてまた後代の人たちは,彼(=その第二の少年)を喜ばないであろう」
アンティオコス3世がパレスティナをシリアに併合した時,ユダヤ人たちから歓呼をもって迎えられた.しかし,やがて人望を失い,前187年に暗殺された.コヘレトは,過去と現在における民たちと王たちを鋭く観察した上で,未来に関する悲観的予測を提示する.
16.4 「なぜならこれもまた蒸気(へベル)であり風の追求であるから」
「へベル」の原義は「蒸気」.すぐに消え去るもの.コヘレトの人生観が凝縮した用語である.人生は恒常不変ではない.生成消滅する.無常であるということ.「風の追求」は,ないものを追求すること.
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