2024年1月7日 主日礼拝
聖書講話 「マルコ福音書のイエス (第144回)
~〈ペトロの否認〉を吟味する〜」
聖書箇所 マルコ福音書 14章66〜72節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
66 ペトロが下の中庭にいたとき、大祭司の召し使いの女の一人が来て、 67 ペトロが火にあたっているのを目にすると、まじまじと見て言った。「あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた。」 68 ペトロは打ち消して、「何を言っているのか、分からない。見当もつかない」と言った。そして、庭口の方に出て行くと、鶏が鳴いた。 69 召し使いの女はペトロを見て、周りの人々に、「この人は、あの人たちの仲間です」とまた言いだした。 70 ペトロは、再び打ち消した。しばらくして、今度は、居合わせた人々がペトロに言った。「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから。」 71 しかし、ペトロは、呪いの言葉さえ口にしながら、「あなたがたの言っているそんな人は知らない」と誓い始めた。 72 するとすぐ、鶏が二度目に鳴いた。ペトロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出して、泣き崩れた。
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.
66 Καὶ ὄντος τοῦ Πέτρου κάτω ἐν τῇ αὐλῇ ἔρχεται μία τῶν παιδισκῶν τοῦ ἀρχιερέως,
そしてペトロがいた時/下手に/その中庭の,来る/一人が/女性奴隷たちの/その祭司長の.
66.1「そしてペトロがいた時/下手に/その中庭の」
物語は,その祭司長公邸の中庭におけるイエスの裁判の場面から,その様子をうかがっていたペトロに転じる.彼の場所はその中庭の下手.目立ちたくない場所.
66.2 「来る/一人が/女性奴隷たち/その祭司長の」
そのペトロの方へある女性が来る.彼女はその祭司長の女性奴隷たちの一人.「女性奴隷」と訳した「パイディスケー」は,一般に若い女性奴隷.
67 καὶ ἰδοῦσα τὸν Πέτρον θερμαινόμενον ἐμβλέψασα αὐτῷ λέγει· Καὶ σὺ μετὰ τοῦ Ναζαρηνοῦ ἦσθα τοῦ Ἰησοῦ·
そして彼女は見た後/ペトロを/暖をとっている,凝視した後,彼に言う.「他でもなくあなたも/そのナザレの男と共に/いました/(すなわち)イエス(と)」
67.1 「そして彼女は見た後/ペトロを/暖をとっている,凝視した後,彼に言う」
彼女は,神殿警察の一団とともに暖をとっているペテロを見て,あれと思った.この人は神殿警察ではない.彼をまじまじと見つめた後,確信をもってペトロに言った.
67.2 「他でもなくあなたも/そのナザレの男と共に/いました/(すなわち)イエス(と)」
67.2.1 「他でもなくあなたも」
「も」は続く「と共に」と連動している.「他でもなくあなた」は,「あなた」を強調している.
67.2.2 「そのナザレの男と共に/いました」
「と共に」は,イエスの一味であることを示唆する.「ナザレの男」と言った後,「いました」を挟んで「イエス」と言う.後からの付加のにおいがする.彼女の目撃がいつどこであったかは書かれていないが,こういう仕事の女性はなにかと神殿界隈の事情に通じている.「ナザレの男」と訳した「ナザレーノス」は,「ナザレ出身の男性」という意味.ナザレの人イエスは,エルサレムでも有名人であった.彼女はイエスとその学友たちの顔を覚えていた.
68 ὁ δὲ ἠρνήσατο λέγων· Οὔτε οἶδα οὔτε ἐπίσταμαι σὺ τί λέγεις, καὶ ἐξῆλθεν ἔξω εἰς τὸ προαύλιον καὶ ἀλέκτωρ ἐφώνησεν.
しかし彼(ペトロ)は否認した.曰く.「私はわからないし識りもしません/他でもなくあなたが何を言っているかを」.そして彼は出た/外に/その中庭前の小屋の中へ.そして一羽の雄鶏が鳴いた.
68.1 しかし彼(ペトロ)は否認した」
「そうです」というわけにもいかない.こっそりと付いてきた作戦が水の泡になる.ペトロはいやいやながら否認した.
68.2 「私はわからないし識りもしません/他でもなくあなたが何を言っているかを」
68.2.1 「私はわからないし識りもしません」
ペトロは「ウーテ・・・ウーテ」(〜でない・・・〜でない」という否定辞を繰り返すことによって,否認の度合いを高めている.「知る」(オイダ)は,普通に「知っている」,「理解している」の意味.「識る」(エピスタマイ)は,胸に手を当ててみて「よく知っている」,「ちゃんと識っている」.「知らぬ存ぜぬ」ということ.これほどまでに強く否認するとは,ペトロは夢にも思わなかったであろう.
68.2.2「他でもなくあなたが何を言っているかを」
「何」とは,ペトロがイエスの一味であること.彼としては,とんでもないいいがかりだという口ぶり.
68.3 「そして彼は出た/外に/その中庭前の小屋の中へ」
形勢が悪くなったペトロは,中庭の外に出た.といっても,立ち去ったのではなく「中庭前の小屋の中へ」移動し,そこにとどまった.「中庭前の小屋」と訳した「プロアウリオン」の逐語訳はそうなる.おそらく中庭の入り口にあるホール.神殿警察団の詰め所にもなっていたかもしれない.
68.4 「そして一羽の雄鶏が鳴いた」
イエスの預言が成就したと物語は言いたい.「預言」に熱中するのもよくないが,それをせせら笑うのもよくない.理性に基づく預言もある.
69 καὶ ἡ παιδίσκη ἰδοῦσα αὐτὸν ἤρξατο πάλιν λέγειν τοῖς παρεστῶσιν ὅτι Οὗτος ἐξ αὐτῶν ἐστιν.
そしてその女性奴隷は彼を見た後,再び言い始めた/そばに立っている人たちに.「こいつは彼らの一味です」
69.1 「そしてその女性奴隷は彼を見た後,再び言い始めた/そばに立っている人たちに」
69.1.1 「そしてその女性奴隷は彼を見た後」
その女性奴隷はペトロを怪しみ,中庭前の小屋にまで付いてきた.そして確かめるかのように彼を見た.あるいは立ち去って行くペトロの背を見たということかもしれない.
69.1.2 「再び言い始めた/そばに立っている人たちに」
確信をもって前言を繰り返した.今度はペトロにではなく,神殿警察団に向かって言った.あるいは,ペトロの背後から大声で叫んだということかもしれない.
69.2 「こいつは彼らの一味です」
69.2.1 「こいつ」
こう訳した「フートス」は,いけない人という意味合いの用法がある.
70 ὁ δὲ πάλιν ἠρνεῖτο. καὶ μετὰ μικρὸν πάλιν οἱ παρεστῶτες ἔλεγον τῷ Πέτρῳ· Ἀληθῶς ἐξ αὐτῶν εἶ, καὶ γὰρ Γαλιλαῖος εἶ [καὶ ἡ λαλιά σου ὁμοιάζει]·
そして彼(ペトロ)は再び否認した.そして直後に再び/そばに立っていた人たちがペトロに言った.「確かにお前は彼らの一味だ.なぜならお前もガリラヤの男だ.[お前の方言が(ガリラヤの男に)似ている]」
70.1 「そして彼(ペトロ)は再び否認した」
ペトロの二回目の否認.
70.2 「そして直後に再び/そばに立っていた人たちがペトロに言った」
70.2.1 「直後に再び」
逐語訳.「直後」はよいとして,「再び」は理解に苦しむ.このように訳した「パリン」は通常そういう意味である.しかしペトロに対する神殿警察団の発言はここが最初.物語は「もまた」くらいの意味で言っているのかもしれない.
70.3 「確かにお前は彼らの一味だ.そしてなぜならお前はガリラヤの男だ.[お前の方言が(ガリラヤの男に)似ている]」
70.3.1 「確かにお前は彼らの一味だ」
「確かに」と訳した「アレートース」は,真理,事実の意味を根底にもつ副詞.真実に,本当に,疑いなくという意味合い.神殿警察団も確言する.
70.3.2 「なぜならお前はガリラヤの男だ」
彼らは確言の理由を述べる.「ガリラヤの男」と訳した「ガリライオス」は,そういう意味.新約聖書にしか現れない単語.問題は,どのようにしてペトロがガリラヤの男であることがわかったのか,ということである.[お前の方言が(ガリラヤの男に)似ている]の一文は,本文批評学の観点からは,後付けと見なされるべきである.少なくても物語の語り手は,ペトロがガリラヤの男であることを知っている.つい神殿警察団に付託して「ガリライオス」と口走ったのかもしれない.
71 ὁ δὲ ἤρξατο ἀναθεματίζειν καὶ ὀμνύναι ὅτι Οὐκ οἶδα τὸν ἄνθρωπον τοῦτον ὃν λέγετε.
しかし彼(ペトロ)は始めた/呪うことを,そして誓うことを.「断じて私は知りません/この人間を/あなたがたが言っている」
71.1 「しかし彼(ペトロ)は始めた/呪うことを,そして誓うことを」
「呪う」と訳した「アナテマゾー」も,「誓う」(オムニュノー)も,ユダヤ教の掟によると,ユダヤ人が絶対してはならないこと.そういうことをすれば,神罰が下ると知りつつ,そこまでペトロは自分を窮地に追い込んだ.
71.2 「断じて私は知りません/この人間を/あなたがたが言っている」
71.2.1 「断じて私は知りません」
「ウーク」という否定辞が文頭に置かれ,強調されている.ついに第三回目の否認.71.2.2 「その人間を」
ペトロはイエスを「その人間」と言う.「イエス」というわけにはいかない.赤の他人だと言っている.
72 καὶ εὐθὺς ἐκ δευτέρου ἀλέκτωρ ἐφώνησεν· καὶ ἀνεμνήσθη ὁ Πέτρος τὸ ῥῆμα ὡς εἶπεν αὐτῷ ὁ Ἰησοῦς ὅτι Πρὶν ἀλέκτορα φωνῆσαι δὶς τρίς με ἀπαρνήσῃ, καὶ ἐπιβαλὼν ἔκλαιεν.
そしてすぐに/2度目に一羽の雄鶏が鳴いた.そして思い出した/ペトロは/その言葉を/彼にイエスが言ったとおりに/一羽の雄鶏が鳴く前に←二度/三度あなたは私を否認するでしょう.そして彼は始めた/号泣することを.
72.1 「そしてすぐに/2度目に一羽の雄鶏が鳴いた」
ペトロの三度目の否認に続いて,雄鶏の二度目の雄叫び.イエスの預言は完全に成就したと,物語は言いたい.
72.2 「そして思い出した/ペトロは/その言葉を/彼にイエスが言ったとおりに」
ペトロの三度の否認と雄鶏の二度の雄叫びは,彼にイエスが先頃語った言葉をありありと思い出させた.
72.3 「一羽の雄鶏が鳴く前に←二度/三度あなたは私を否認するでしょう」
イエスの言葉がペトロの耳に鳴り響いた.彼の心を強烈に揺さぶった.
72.4 「そして彼は始めた/号泣することを」
72.4.1 「彼は始めた」
このように訳した「エピバロー」は,ここでは意味不明.原義は「〜の上に投げる」推測としては,「頭を覆う」,「衣を顔まで引っ張る」,「飛び出す」,「身を地面に投げる」,「〜し始める」などが提案されている.私は,卓越した文法学者であるJ.H. Moulton やBlass Debrunnerと共に,暫定的に,「〜し始める」を採用した.
72.4.2 「号泣することを」
このように訳した「クライオー」は,そういう意味.まさか神殿警察団の前で泣いたわけがない.それでは正体がばれる.その場を離れ,誰もいない場所へ行き,そこでさめざめと泣いたと想像せざるをえない.相変わらず説明不足の文章.
まとめ.イエスの勇気とは対照的に,ペトロの臆病.しかし臆病も人間の常.勇気も人間の常.
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